求道求學

 影山正治大人『不二』(昭和廿二年二月廿五日號 不二歌道會發行「遺稿・宣長翁の歌」)に曰く

「『道の學び』は理の方面の努力だけでなく情の方面の努力が一層肝要であり、頭腦の理解だけでなく心臟の諒解が大切であり、知的の把握のみでなく血液的の感得が更に重大であることを言ふのであらう。生活と叡智に裏付けられた詞と信仰である。即ち『みやび』であり『おのづから』であり『神ながら』である。ここに國學の行き方の本領がある。戰時中のこちたき國體論者や皇道學者の思ひ及ばざりしところであり、終戰後のさもしい民族論者や愛國學者の夢想だもなし得ざるところであらう」、と。

 われらにとつて、影山大人の言靈は、維新を招來す可くの大いなる曙光である。
 似而非保守、保守派と稱する曲者が簇生亂麻する現在、今一度先哲遺文の一語々々に注目したい。
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by sousiu | 2010-03-18 20:46 | 先哲寶文

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