相原修之命

 横濱は雨。起床し、産土神社參拜。水天宮平沼神社 天滿宮參拜。


 「右翼は“政治結社”といふがこれは屆出を行ふ爲めの便宜上のもの。本來、民族派は政治鬪爭などで落ち着くものではないでせう。ぢやあ思想戰爭?それも違ふ。宗教戰爭なのだよ」
 常にかう話してゐたのは故相原修兄だつた。
 彼が彼を知る行動右翼に尠からずの影響を與へたことは、素直に認めたいと思ふ。
 いや、言葉を正確に用ゐるのであれば、今後の陣營内に、彼の發言の多々は愈々その光輝を發し、その影響を逞しいまでのものとするであらう。

 嘗て行動右翼は反共を訴へ、一定の成果を收めたことは誇つてよい。小生もその末席を汚し、微力乍らも自ら縛に就いた經驗もあり、弊社設立以前に於ても、當時の門人はそれゞゝ新聞紙面にその名を晒した。

 だが、東西冷戰構造が終はつて久しく、反共・滅共は當時の急務であつたにせよ、今にして第一義でなかつたことの説明は要しまい。
 そして小生は悉く自民黨政權を痛罵した。やはりこゝでも自らが血を染めて、囹圄の身となつた門人もひとりふたりではない。

 その自民黨政權打倒の幟旗は、昨秋より弊社の一室に眠つてゐる。
 かの政權の終焉は我らに何を齎せたのか乎。

 あれほど小生、自民黨政權打倒を熱願しながら、一體今の日本は如何であらう。
 今の日本が小生らの本望であり本願であつたのか乎?

 であるからこそ思ふ。「自民黨政權打倒」も所詮、第一義なぞではなかつたのだ。
 「民主黨政權打倒」も然り。焉んぞ第一義にあらんや。
 そこで今、修兄を偲びつゝ、彼の發言の數々を想起する。

 繰言を申すやうだが、相原修大人命の血聲は、今後の陣營内にひとつの大なる影響を齎すであらう。


f0226095_1435268.jpg




 相原修大人命については、下記サイトに詳しい。
  
  http://home.s02.itscom.net/boukyou/ (『防共新聞=電子板=』 「資料館」古學・國學欄)
  
  http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t24/l50 (『九段塾』 「平田篤胤大人檢證者・相原修神主」項)

 同志各位の御一讀を希ふ。
[PR]

by sousiu | 2010-03-25 14:04 | 日々所感

<< 聲涙倶に下る 推薦一書 >>