「御説教右翼」と「御説教神主」

 嘗て相原修君に日記を付けるやう獎められた時、『ひとたび休むと、止め處も無くなる』とも注意された。
 小生は『やると云つたらやるさ。心配は御無用だ』と答へたことを覺えてゐる。

 だんゝゝこの日乘が遲れ掛けてきてゐる・・・・汗。

 神經質になることはないのだらうが、遲れることに馴れてしまふと小生、それこそ止め處も無くなるので、成る可く遲れぬやう努め度い。彼は屹度、小生の短所を見拔いてゐたのであらう。


四月十三日。晴れ。

 菊水國防連合の齋藤君に招かれ、何日ぶりだらう乎、藤澤市へ行く。本來は小生の地元であり、自宅もある。汗顔。
 夜は愛倭塾・山口秀明會長が事務所に來訪。自宅を素通りし、亦た横濱へ戻つてきた次第である。これではいかんと思ひつゝ、でも、仕方がない。

 扨、コメントにも書いたが、事務所を留守にしてゐる最中に、平澤次郎先生から、この日乘で話題を上げたことに對するフアクスが屆いてゐた。
 すは、抗議文か、と思ひきや、違つた。感想文・・・でもない。何だか解らぬが、本來コメント欄に書かれる可きものであつたらうと思ふので公開したい。

 平澤先生から發信された文章に警戒心を持つのもゆゑあつてのこと。
 溯れば、懇意にしていたゞいた切つ掛けは、小生宛に平澤先生からの抗議文が寄せられたことによる。終始辛辣なる批判であつた、苦笑。
 固より「因業右翼」の名を縦にすることは聞き及ぶところ。言譯するも返事を出さぬのも無駄な抵抗と云ふものであらうと判斷し、一言『前略 御指導有難う御座いました。 匆々』と。
 それから、かれこれ十年が經つ。御縁とは不思議なものだ。

 第一印象が拔け出ないの乎、平澤先生、未だ小生を叱つてばかりゐる。
 これまで多くの金言を授けて呉れたものゝ、「男子三日會はずんば、これを括目して見よ」かうした諺語を如何やら我が師は識らないやうだ。



 ところで、肝心の河原日記は、平成廿一年九月十七日で止まつてゐた・・・・。
 相原君の烱眼もなかゝゝどうして。大したものだ。

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by sousiu | 2010-04-14 17:42 | 日々所感

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