異國人からみた日本人  ―ハインリツヒ・シユリーマン―  參  

  ~承前~

 文明の發達した現在と比すなれば、そは極端に尠くあるが、日本も以前から、他國との往來があつた。
 諸國の賢者は日本に來て、多くのものを學んだ。殊に日本人の精神の氣高きは絶讚と尊崇の對象であつた。
 西洋文化を頭から否定するものではない。然れど、西洋人而已ぞ識る西洋文化の限界に、彼らのうちの賢者は日本に曙光を求めてやつて來た例も尠くない。尤も、當時の日本人にとつて、彼らは招かざる客であつたかも識れぬが・・・。
 嘗て各國より注目・研究の對象であつた日本精神、今は何處。
 これを「敗戰」によるものと斷ずる人がある。いやゝゝ文明開化からだ、と斷ずる人もある。
 今、其の戰犯探しをあれこれするよりも、もつと大切なことがあることを忘れてはならない。
それ、我が先祖が、各國の諸賢をしてかの如く感動を與へるにたる人たちであつたといふ歴然とした事實である。そして今以て我が血に、その御先祖の血が繼承されてゐる現實を深く自覺す可きである。

影山正治先生曰く
『~人類は、「光は東方より」で、東方をよくよく見なければならないのだが、古い東洋の道が半面的であつて駄目なことは證明ずみである。それならば、中共シナはどうかといふと、これは結局半面的な西洋の道の借りもので駄目です。結局は一番東の日本なんで、日本は地政學的にいつても、東方の東の始めであると共に、同時に西方の西の最後であるわけです。太平洋を越えて、アメリカに隣りする西の最終であると共に、海を越えてシナ大陸に接する東の出發點であるわけです。~中畧~日本神話の中に、そして神話に發する日本歴史の中に東西眞の止揚者としての、眞の結び目としての、世直しのカナメになり得る本質的要素をもつてをるかどうかといふこと、即ち東洋とも通じ、西洋とも通じながら、東洋でもない、西洋でもない、それを結んで、もうひとつ高い次元への方向づけを成し得る本質を持つてゐるかどうかといふことです。日本はそれをもつてゐるのです』(『天皇論への示唆』昭和四十六年九月廿五日「大東塾出版」發行)

 我々日本人は、病みては迷ふ萬國の蒼生を救濟する義務を負ふ。固より我が國誕生の必要はそこにある。
 だのに、その我らが諸國に交じつて、否、先ちて周章狼狽して如何する。

 今再び、、欽慕崇敬の對象とならん爲めに必要なるは、純乎として且つ牢乎たる日本精神の囘復である。
 精神墮落の起因を「敗戰」に求むる者。敗戰は我が國から軍備を奪つたのではない。我々から國體觀念を奪つたのである。であるからしてこれを取り戻す可し。
 精神腐敗の起因を「文明開化」に求むる者。「文明開化」は和魂洋才ならずして、洋魂洋才へ溺れたが爲めのものである。であるからしてこれを改むる可し。

 我らが體内に流るゝ其の血液は、異國人を斯く感動せしめた偉大なる御先祖の血であることを、改めて確りと肝膽に銘ず可し。


f0226095_1301595.jpg

                  シユリーマン旅行記 清國・日本

 讀了し時計をみれば今朝の九時。慌てゝ假眠し午後から義信塾主催による驛頭演説。
倒れるかと思つてしまつた・・・・。本道に何事もほどゝゞが一番だなア。とほゝ
[PR]

by sousiu | 2010-05-09 23:13 | 良書紹介

<< 異國人からみた日本人  ― ダ... 異國人からみた日本人  ―ハイ... >>