異國人からみた日本人  ― ダグラス・マツカーサー ―   

 日本人なら誰でもその名を識る、マツカーサー氏。
 彼による日本人の觀察は、徳富蘇峰翁の玉稿を拜借してこゝに記すことゝしたい。


蘇峰翁「勝利者の悲哀」終節にて曰く、
『日本人は決して腹黒き民族でもなければ、意地惡き國民でもない。深き野望を長く久しく蓄へて、それを漸次に繰出すなどといふ毒惡なる考へは、日本人には不幸にして持合せがない。例へばマッカーサーの來る時は、日本人は如何なる氣持を以て迎へたるか、恐らくは天の使が空より降下するものとして、歡迎するものでなかつたことだけは分明であらう。然るに彼が罷められて日本を去るや、日本人は皆涙を流して彼を送つた。而して彼は日本人の歡送と其の贈投の花とに圍繞せられて、殆んど動くこともならざる程であつた。かくて日本では早速マツカーサー會館などと云ふものを造つて、永く久しく元帥の日本に對する功勞を記念する感謝の情を、後世子孫に遺さんことを企てるに至つた程である。之ほど熱中したる日本人に對して、マッカーサーは如何なる氣持を以て去つたか。彼が米國に歸つて、上院の外交・軍事・合同委員會に於て、日本に關する質問に答へたる證言を見れば、彼は日本に對して決して冷靜なる非難を失はなかつた。彼は曰く、「日本人は他の凡ての東洋人と同じく、勝者には諂ひ、敗者を輕侮する傾向がある」と。彼は又曰く「若しアングロ・サクソンが四十五歳の壯年に達したとすれば、日本人はまだ生徒の時代で、先づ十二歳の少年であらう」と。併し彼は同時に、日本人は努力の國民であり、勞働を決して厭ふ國民ではないことを明言してゐる。我等は之を讀んで、マッカーサーが無暗みに日本を襃めるよりも、寧ろ良き忠告を與へたるものとして受取ることを遲疑しない。我等の本來、日本人氣質とするものは、強者には對抗するも、弱者には優情を傾くものと認めてゐた。然るに戰後に於ける日本人の態度は正さしく、マッカーサー其人の言明した通りである。我等は此言に對して深く日本國民として反省する必要を感ずる」(『勝利者の悲哀』昭和廿七年九月十日「大日本雄辯會講談社」發行)と。

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 戰後に生れた我ら。このマツカーサー氏と蘇峰翁の感想に想ふところあるべし。
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by sousiu | 2010-05-10 20:50 | 日々所感

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