日露戰爭實記  壹  

 日乘も二日開けると久し振りの氣がする。
 前記した翌日は新宿の阿形先生の事務所へ御邪魔し、深夜までいつもの如く樣々な御話しを拜聽した。
 先生の事務所は資料の山だ。先生は「足の踏み場がないくらゐだろ?」と笑ひを交へてかう云はれるが、確かに凄い。だが換言すればそれは、我々民族派にとつての寶庫である。綺麗に整頓なされた本棚を見てゐるだけでも興味は付き無い。
 運動に關心の無き人には無價値であらうが、我々にとつては如何なる書籍よりも價値がある。
 さういふものである。


 その翌日、即ち昨日だが。深夜に阿形先生の事務所を失禮し、戻つて原稿を依頼されてゐたことを思ひ出し、二本を脱稿。氣付けば晝過ぎであつた。少し假眠し、夜は溜つてゐた手紙の返信と各種發送の用意。
 これはまた晝夜逆轉してしまふ乎、と案ずるや、今日もきちんと早起き出來た。ーで、今日の所用を濟ませて今に至る。


 さてゝゝ。小生が如き凡夫の一日を態々公表しても仕方あるまい。苦笑。
 此處に『日露戰爭實記』なる本がある。
 明治卅七、八年戰役の眞つ只中に月四囘、發行されてゐた。
 今では既に入手が困難らしく、小生の手許にあるものも襤褸々々だ。
 數十年後には無くなつてしまふかも知れない。
 來たる日曜日、宮城縣の道友らが擧つて上京し、海軍記念日を祝ふ運動を呼び掛けてゐるので斯ところ、寶藏せる『日露戰爭實記』を再び讀み直してゐたところだ。

『日露戰爭實記』は當時の生々しき資料だ。小生のこゝで云ふ、生々しいー、とは、「悲慘である」てふことでない。戰爭が悲慘であることは我ら日本人而已ならず何國の民も萬承知するところであらう。我らは改めて「火垂るの墓」なぞ鑑るまでもない。
 こゝでいふ生々しいー、とは、輕薄な好戰主義者の云ふ、或いはコスプレの軍隊マニアや鳥肌實らが輕々しく口にする軍國主義とも違ふ。恰も紙上に聲あり、當然の事ながら言葉に血脈あり、そして尊皇崇國あり。

 長文ではあるが、宮城縣の天晴れなる道兄らが上京する其の日まで、深き感謝と涙を以て記述掲載し、英靈のみたまの安らかならむことを只管熱祷するのみ而已。

 眞に國體護持に身命捧げむと誓ふ者の御清讀を願ふこと最早言を俟たぬが、輕はずみに英靈を冒涜する者。そして其れ以上に「國體」でなく「國民の生命と財産」護持を求めむが爲め建軍を要求する者。かうした護國の精神乏しく、人權尊重・主權在民に毒された人らの爲めにこれらの書は、其の身が襤褸と成りても未だ存生してあるのだと感じてゐる。

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by sousiu | 2010-05-20 17:09 | 良書紹介

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