日露戰爭實記  伍  

明治卅八年十二月十三日發行 第百八號「梅澤旅團 壯烈譚」所收


『四  巨彈飛來』

 沙河會戰に際し、彼我兩軍對陣中の事なりけり、一月廿九日より三十日に渉りて、敵は我が陣地の全線に向つて、總攻撃を開始せむと揚言し、廿九日の黎明より、數十里に亙る我が守備線上に、山、野、重、臼各種の火砲を集めて、砲撃を開始し、虚(すき)あらば乃ち突出せむとするの状況を示せり、而して殊に我が軍左翼前面の敵は最も優勢なるものにして、砲彈の交叉甚だ激烈を極めたり、黒溝臺の戰鬪是れなり。

 此日我が梅澤旅團の前面に於ても康大人山、康家屯石山、三城子山の各砲兵陣地より猛射せられたるが中にも、其部下第一聯隊の守備せる、歪頭山の如き、遠近の進出路を扼すに、最も有利の監視線なるを以て、砲撃を蒙る事又實に甚しく、數百發の巨彈は、嶺上嶺下を掠め來つて、危險固より謂ふ計りなし。茲に同聯隊第三中隊歩兵一等卒宮澤爲次郎氏は、此の危險の中心たる山頂の監視硝として、其の任務に服したるが、午後三時、敵は益々猛射を逞ふし、岩石碎破の斷片を飛散せしめ、頭上爆彈の彈子は、雨の如くに振り注いて進出せむとするの状況あるに依り、監視の任、一分時も之れを忽(ゆるがせ)にす可からず、而して一等卒は此の危窮の場合に處して、神色自若、遙に敵兵を睥睨(へいげい)し、其の行動の如何を監視し、身を以つて其の任務を盡さむとす、偶々巨彈飛來して、一等卒が耳邊を掠むるものあり、一等卒爲に昏倒窒息するもの數分時、戰友の巡察し來るに會し、其の救護する處と成りて僅に蘇生する事を得たるも、身體を檢すれば、右耳上に擦過砲彈創を受けて、流血淋漓たり、中隊長坂本豐吉氏、其の砲創の爲に、凍寒の身を冐(をか)すの危險あるを以て、諭して入院治療せしむる事となせり、宮澤一等卒の如きは、眞に敵前に於ける行動として、其の命令と、其任務の重大なるに係らず一身を以つて之れを全うしたるは、誠に後進の龜鑑となすに足るべきにあらずや。

(文中、振り假名は小生による)


(五)に續く
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by sousiu | 2010-05-20 23:44 | 良書紹介

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