日露戰爭實記  漆  

明治卅八年十二月十三日發行 第百八號「梅澤旅團 壯烈譚」所收


『六  酒料を生前の戰友に贈る』

 八月十五日小干河子に於て敵騎を發見するや、歩兵上等兵渡邊寅吉氏は、挺身邁往、肉薄して、大(おほい)に之れを撃破し、爲めに重傷を負ひて、遂に後送せられむとするや、此の時所屬の小隊長及び、氏の戰友等は、倶さに之れを劬(いたは)り慰め、辭を盡くして其の快癒の一日も速(すみや)かならむ事を説き、藥餌を之れに勸むるも、彼れは到底其の起たざるを自覺して、戰鬪今より幾月に渉らんも知るべからず、而して幾多の輕重傷者の生ぜむも測り難く、醫藥の料の如き多々益々其の必要を見るべきに、予等(よら)微功だもなきものゝ、是れを消耗する事、甚だ心苦しき限りなり、憾むらくは武運誠に拙き身の、やがて戰場の露とも散らで、生き存(なが)らへて、恁(かゝ)る厚意を煩はす事の口惜しさよ、と毫も其の苦痛を表はさず、後送の途中、戰友に遺言して、其の所持の金員中、一半は之れを郷里父母の許に致せ、他の一半は、聊か分隊の勞を慰むる爲め、酒料として生前の戰友に贈られむ事を、と述べ了(をは)へて、敢てまた其の他を謂はず、終(つひ)に瞑せり、友愛の情の切實なる、聞くもの感歎せざるはなし。

(振り假名は小生による)


(七)に續く
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by sousiu | 2010-05-21 21:35 | 良書紹介

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