たまには反省します ~哀愁の親父編~

 相變はらず、ネツトの出來ない環境である。
 此の日乘、携帶電話から更新が出來ず、故に自宅に歸へつた時に、娘のパソコンから更新するほかないのである。
 それゆゑ更新がまゝならぬ。
 我が日乘を御高覽下さつてゐる諸賢には、何卒御寛恕賜はりたし。
 明日か明後日には囘復出來さうであるので・・・・・汗。

 つまり。十二日以降、日乘が更新されてゐる時は、即はち歸宅した時だ。
 逆言すれば、更新されてゐない日は風來坊の時だ。
 我れながら何とも困つた親父だ。まれにこのやうな呆れた親父の話しを聽くが、河原家がつまりそれだ。

 だが、「親は無くとも子は育つ」と古人は云うたが、それも本當だ。汗顏。
「亭主元氣で留守が宜い」とは何處かの會社の宣傳文句だつたが、如何やらこれも滿更嘘ではなささうだ。
 然り乍ら、家族からの投げ掛けられたる愛情は別だ。年々それが激減してゐることは本人に問うて確かめるまでもない。此の日乘の表紙に掲げたる小生を書いた愚妻の繪を見れば一目瞭然ではないか。
 愚妻に繪心は見當らぬが、此の繪から小生に對する戀心を見付けることも亦た困難だ。

 
 今日は何やら『言論』の「醉」(「言論同志會」發行)のやうになつてしまつた。
 もう寢ませう。

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 とほゝ。


 
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by sousiu | 2010-06-23 05:04 | 日々所感

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