日々所感

 昨日は阿形充規先生に隨伴し、某懇親會に出席。
 都内のとある古風な造りの居酒屋にて、參加者が一人づゝ何かしら發言するてふ樣式にて進行する月一度の會だ。因みに料理はまことに美味である。

 此の會にて、民族派と呼ばれる者は大日本朱光會と小生のみ而已。他は樣々な分野で活躍する、老若男女の別もなく、人種の別もない、謂はゞ混ぜ御飯のやうな顏ぶれである。

 此の會に參加し毎囘頼もしく思ふことがひとつある。
 皆による發言の總てとは云はざるも、大半が日本について語られることだ。

 そは憂國であり、愛國である。固より憂國談義が右翼專有であつてはならぬ。まことに嬉しき限りである。
 而も能く勉強されてをる。小生が參加するやうになつて恰度二年であるが、其の頃から既に憂國談義は行はれてゐた。尤も會合の發足當初から參加してゐる阿形先生の、尠からずの御盡力もあらう。
 こゝではこれまで知人に右翼を持たない人達までもが、復古を口にしてゐる。

 正に時代は變はらむとしてゐる。戰後、“新”と云はれてゐたものは“舊”となり、これまで“舊”と思はれしものが時代を築く“新”となる。此の際の“新”は“眞”だ。世に萬全完璧は無い。占領政策、日本弱體化政策も時效を迎へむとしてゐる。米人の優秀に見えた神算鬼工も完全と云ふ能はず。況はんや神國に於てをや、だ。

 日本復古の眞なる息吹きは、全國津々浦々に芽生えてゐるはずだ。
恰も、強固にして頑丈なる混凝土の層を突き拔け、期せずして雜草が生えてくるかの如く。

 今は各人各所、連絡の密に通じ合へぬ状況かも識れぬ。然り乍ら、謂はゞ粒子であらうが、時代の要請と共に粒子は相密接して水滴となり、水滴は更に密接して激流となり、やがては巨大な岩をも押し流すのだ。
 我が固有の精神、人心は、占領政策によつて粉碎されたると雖も、抹殺されたものでないことに注目する可きである。粉碎されたる微が愈々以て小、小が愈々以て大となるは必定なり也。日本精神の復元力は歴史に證明されてをり、最早詮議するを要さぬ。

 眼中を菅内閣に奪はれたりせば日本の前途は暗し、と云はねばならぬ。
然れど、そは、政治てふ箱庭、箱庭と云はずんば一角、とまれ狹義の範圍を出でぬものにして。
 固より菅内閣のみ而已を宿敵とするは、對抗馬の連中の仕事だ。彼らの勝手にすれば宜しい。
 小生の宿敵は、菅ひとりのみ而已ならず、民主黨一黨のみ而已ならず。
これを倒さむとする彼らの好敵手自民黨も、如何に利用す可きか企む社民黨も、云はでものこと公明黨も共産黨も、機に乘ぜむとする新黨も、諸々、凡てである。
 更に戰後政黨の一團のみ而已ならず。戰後體制が小生の手始めの宿敵だ。これが所謂“巨大な岩”だ。

 日本はいつの時代にあつても常、將來に希望の持てる國だ。素晴しい國だ。
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by sousiu | 2010-06-27 18:36 | 日々所感

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