誤字と昨夜の御報告

 朔日の記事にて。誤字ありと備中處士樣より御指摘あり。
 備中處士樣は鋭利な其の眼で見守つてくれてゐる人であり、有難い。

 と云ふ譯で、早速直した次第である。苦笑。

 日乘は、手直しが出來るから、まだ宜い。だが、機關紙はさうもいかぬ。
 まゝ、印刷したあと、氣付くことがあるが後のまつりだ。
 言葉とは恐ろしく、一文字間違へれば意味が逆さまになることもある。
 無宿人寸前の小生、仕上がつた機關紙を印刷し直す餘裕はない。己の恥ぢを忍んで發送するよりほかないのである。
 だが、大臣ともなると言葉を違へるは、機關紙の誤字として許されるどころであるまい。
よつて、そゝつかしい小生、もう少し成長を遂げるまで、大臣にならぬはうが宜しいことの悟りを得た。
 尤も、河野洋平はじめ、小生よりそゝつかしい輕輩が大臣になれる戰後であるが・・・・笑止。


 さて、昨日は時對協の定例會であつた。
 定例會の内容は兔も角。新橋の居酒屋でおこなはれた懇親會では、亦たもや我が福田派は少數ながらも善戰健鬪した。
 神奈川で鋭利な眼を持つ平澤派首領の平澤次郎翁。懇親會前はいつもの如く小生の誤字を指摘されてゐたが、どうやら酒が入ると鋭利な其の眼も酩酊するらしい。
 何をか云はむ、小生を見て曰く、「河原はいゝ奴だ」と。吁。

 醉つた平澤派諸兄に挾まれ、猛攻撃を受ける福田邦宏兄を小生、拔群の期で援護する一方、相手方首領・平澤翁は身内であるはずの諸兄を援護せず。
 思へば新撰組が相手を倒す時、事前に酒を獎めてひどく醉はせた。
芹澤鴨、伊東甲子太郎らが其の策のもと、不覺乍らに生命を奪はれた。

 泳ぎの出來ぬ者が溺死することは極めて稀である。最初から苦手な水に入らない爲めだ。
 溺死する者は泳ぎに自信のある者と相場が決まつてゐる。

 酒場では無敵と謳はれた平澤派面々の弱點、遂ひに我れ發見せり矣。
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by sousiu | 2010-07-03 01:01 | 日々所感

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