『日本を知れ』  徳富猪一郎翁著  壹 

 小休止。磯兄による玉稿の振り假名も殘すところ、つひに一割の段階にて。

 昨日、不貞寢しようと煎餠布團に潛り、一昨日、古書肆より屆いた『日本を知れ』(徳富猪一郎翁「東京日日新聞社/大阪毎日新聞社」昭和十六年十二月十五日發行)を讀んだ。

 ついゝゝ、最後まで讀んでしまつた。氣付けば午前十時。おたくならぬ、廢人同樣の生活だ。
 さう。既に御氣付きの御方も多からうと思ふのであるが、小生の素性はつまり、能く云へば浪人、俗に云へばフリーターだ。赤面。


卷頭の自序に蘇峰翁曰く、
佐久間象山先生の歌に曰く。
試みにいざやよばん山彦の答だにせば聲は惜しまじ
寔に皇を尊び、國を憂ふる志士の心境を道破したるものと謂ふ可し。
予又た私かに此の心を以て心とする者。本書を一讀するの君子は必ず斯心を諒とせん
』と。

 其の内容たるは、
「明治維新に學ぶ」「二千六百一年の展望」「三國同盟に就て」「大詔を拜して」「太平洋を眺めて」
 と、五項目の順序によつて構成されてゐる。
 本旨をはからむとすれば、察するに、蘇峰翁による國民に向けての覺悟の要求だ。要求と云はずんば確認だ。
 何に對する覺悟乎。つまり國防だ。救國だ。
 何の爲めの覺悟乎。つまり東亞の解放だ。新秩序の建設だ。

「三國同盟に就て」項『理想的國家を日本に見出す』に曰く、
『これ等の點に就いては、もつと彼等(獨・伊のこと)に對して恥ぢないやうに、彼等からむやみに引き摺られないやうに、出來るならば左にイタリアを、右にドイツを引つ提げて行きたいと思ふ。本當に私はさう思ふ。彼等は日本に對してどこを買つてゐるか。科學的の研究は、ドイツは日本より勝つてゐる。又いろゝゝの點に於いて、イタリアの人の勝つて居ることも澤山ある。しかしながら彼等兩國の人々、特にイタリアを代表して居るムツソリーニ首相、或はドイツを代表して居るヒツトラー總統、これ等の人々の日本に打ち込んで居るのはどこであるか。それは彼等が理想的國家といふものを、日本に見出して居るのである。
彼等は既にデモクラシーにも大いなる經驗を持つて居る。彼等は既に社會主義にも大いなる經驗を持つて居る。彼等は既に共産主義にも大いなる經驗を持つて居る。彼等は既に自由主義にも大いなる經驗を持つて居る。彼等は既に民主主義にも經驗を持つて居る。純乎たる社會主義も面白くない。共産主義は尚更面白くない。何をそれではやるか、彼等はこれを名づけて總體主義と申しますけれども、これは所謂る「浪花の葦は伊勢の濱荻」で--彼等は總體主義といふが、實は日本の國體を彼等は眞似してゐるのであります。
國體はそのままには行かぬけれどもが、日本國民がいざとなれば、天皇陛下に一切を捧げると云ふこと、その捧げるところの奉仕的精神、獻身的精神を、彼等は國家及び民族の名に於いて、國民に向かつて要求して居るのであります。それでつまり名は違ふけれども---實は全く同じとは申されませぬけれども、稍々同じであります』。※()括弧は小生による。

<つゞく>
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by sousiu | 2010-07-06 02:55 | 良書紹介

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