竝木茶屋

 威張れたものでもあるまいが、今月初めて歸宅した。

 起きて久し振りに、藤澤市にある「竝木茶屋」で晝食をとる。
「竝木茶屋」は知る人ぞ知る、「もやし炒め」の三ツ星店だ。
 長年に亙り、「もやし炒め」一筋に、家族三人で店を開いてゐる。味は云ふまでもなく格別だ。
 平澤次郎翁を御誘ひしたことがあるが、翁も存分に賞め讚へてをられた。

 日本一の「もやし炒め」を供するも、地元の人たちに餘り識られてゐないのは、御主人が世に識られることを求めず、これといつた宣傳すら行なはず、頑固一徹の其の性格からか。

 小生は曾て、廿代半ばに「山河新聞社」を設立。竝木茶屋の近くに事務所を構へてゐたので、それから常連になり、かれこれ十五年は通つてゐる。十五年も出入りしてゐると、家族同士も能く識ることゝなる。我が二女なぞ幼稚園に入るか入らないかのころからであるから。

 敷地も店も廣く、以前から「何だらう」とは思つてゐたが、當初はまさか飯屋だとも思つてもゐなかつた。外觀はさういつた雰圍氣である。

 實はこの御家族の祖父は竝木仙太郎先生。竝木仙太郎先生は、これまた知る人ぞ知る、徳富蘇峰翁の大なる御信頼を得られた祕書を務められてゐた御方だ。
 いつも行くと、御夫妻は仕事も中斷し、小生の食べてゐるところへ來て、蘇峰翁にまつらふさまゞゝな話しをしてくれる。
 寶藏してあつた貴重な書籍や、蘇峰翁の書、貴重な資料などもこれまでに澤山いたゞいた。同志社大學などへも相當寄贈されたやうである。中でも蘇峰翁が揮毫し、御自ら苦心して彫刻した木板などは、事務所で大切に保管してある。

 いつしか小生も蘇峰翁の書籍を讀み漁るやうになつた。今では本棚の一つは、當時の翁の書籍で埋め盡されてゐる。

 小生の、蘇峰翁に興味を抱く切つ掛けは、もやし炒め屋であつたのだ。

 相模に來られる御仁は是非とも御立ち寄りいたゞきたい。
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by sousiu | 2010-07-13 23:11 | 日々所感

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