維新の秒針

 必ず、現在の日本主義運動は、言の葉の問題に撞着致すであらう。
換言すればそれ、避けて通れぬ問題と申す可き。
 而、さう遠くの將來になきことゝ愚考す。更に云へば、遠きことであつては餘りにも困ることである。

 この問題を突破する能ふに、大きな飛躍と前進が期待できること明々白々なり也矣。
 何故ならば。元來、日本人は頭腦明晰、見識廣大にして。
突破口さへ拓かるれば、必然として新國學への摸索、研究期に突入する。
 國學は變革の曙光だ。それ無き變革は指導原理なき變革だ。アテの無い變革だ。いづれにせよ、日本を惡戲に改造してしまふものだ。
 國學を放擲して、幾ら政黨批判してみても、そは中々現状打開は困難である。況はんや、維新をや、だ。囘天をや、だ。

 多くの有志が國學に關心を寄せ、學究に努めるならば、賢明な我が日本人なればこそ、現代の橋本左内先生や、吉田松陰先生他多くの、學問而已ならず見識や人格を兼ね揃へたる大人物が期せずして日本に現れよう。諸先生が登場すれば、亦たしても必然たることゝして、現代の藤田小四郎先生、久坂玄瑞先生、中岡愼太郎先生、坂本龍馬先生の如き情熱家が誕生する。そして西郷隆盛先生、相樂總三先生も今に現はるゝ。我らが眼前に登場するのである。小生はさう確信しやまない。
 斯くして時代は正しく始動し、再起を重ねる。表面にて動き始めるのだ。

 さう。さればこそ、今は底面にての運動を嫌がらず、避けるでもなく、行なふ可きである。
底面での運動、とは、極左どもの地下に潛ることに非ずして。つまり、人目に觸れる能はず、地味で目立つこともなく、個人の成績として數へられることなく、しかして評價の得られぬ、さうした運動のことである。

 現在もて世相の潮流を説明すれば、そは戰鬪期に非ず。然りとて黎明期にも非ず。黎明期の以前ではないか歟。
 これを一日にして喩へるならば、肉體を勞使す眞晝に非ず。然りとて夜明けにも非ず。勿論落日にも非ず。謂はゞ丑の刻あたりではないだらうか歟。思ふに六十五年前の敗戰は落日のころだ。然れども、日は亦た昇る。日の本の國號をいたゞく我が國は尚ほ更ら尤もの御事だ。
 逆言すれば、國民の多く、とまでは云はぬまでも、有志の多くが學究へと努めて、初めて本格的な黎明期への幕開けである。つまり、“維新黎明期”である。

「國體護持」「尊皇討奸」「敬神崇祖」をスローガンで終はらせてはならぬ。
 亦た、それらを口喧しく、或いは口癖の如き唱へたところで國歩の哀運は毫も變はらぬ。
 敗戰によつて封印された我が國學の道統に連なるものでなければならぬのだ。
 それには戰前の寶文を自らが讀み解く力を養はなければならない。占領軍による鬼謀の鐵鎖を破壞し、眞乎たるの言葉を我がものとして歸さねばならぬ。英語を習ふなんざ、後でも宜しいではないか歟。言葉が輸入されたるもの乎、否乎の論議は國語學者に任せれば宜しいではないか歟。維新を招來せんとする者は運動家の本分を先づ、全うす可きなのだ。“木を見て森を見ず”に陷ること勿れ、だ。憚りながら、他國の言葉を解讀することや、言葉の正體を追究することは小生の本義ではない。當面の小生の第一義は、小生を含めて多くの國民が、先哲の學問と思想を讀み解き理會することにある。それには、とても「現代假名づかひ法」が邪魔なのだ。
 
 占領軍による沒收・燒却といふ大難を辛うじて逃れた先哲による書は、埋もれ木となり、ほとんど誰れの目に止まることなく、日々靜かに朽ちつゝあるではないか歟。これを國家の損失と云はずして何と云ふ可し。
 遺憾ながら和本や古書は年々、消えて無くなつてゐる。先人の大遺産を疎かとして如何して先人を敬つてゐるなぞと云へやうか乎。

 それには先づ、言葉を正さねばならぬ。先哲の貴き聲を無價値となしたるは、そこに書かれてゐる文字を外來語の如き見做してゐるが爲めだ。然り乍ら、世に言葉を修理せよ、と訴ふるのであれば御自らが先づ苦學することだ。

 さう。これは小生が己に向かつて放つてゐる苦言と精勵の言だ。
 先の「草莽~」では假名遣ひの誤用も指摘された。學ぶことが多くあつた。
 だが小生、無智を恥ぢとせぬことは既記のとほりである。幸ひにも同志や先輩に惠まれてゐる。

 果して小生の今生で寅の刻を迎へる乎、否乎はわからない。
 だが、同志と共に維新の秒針を少しでも進めてゆきたい。


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by sousiu | 2010-07-20 05:32 | 日々所感

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