吉田松陰先生「留魂録」 ①

 昨日は展轉社に赴き、打合はせ。其の後、夕方から新宿へ行き、阿形先生の事務所へ。
亦たしても遲くまで御邪魔してしまつた。
 遲れつゝある機關紙の仕上げに全力投球し、一昨日から不眠であつたので展轉社にゐる時から朦朧としてゐた。平澤派現象だ。ノンアルコールでの酩酊だ。

 それにしても酷暑だ。まつたく大暑だ。
 以前は夏の到來は嬉しきものであつたが、いつからか、夏に心躍ることも尠くなつた。
 さう云へば、若いころは少々の不眠不休でも何でも無かつた。既に中年に差し掛かつてゐる證據だ。(突つ込み無用)
 不圖考へてみると小生の今生、季節で云へば、そろゝゝ秋頃乎。それとも未だ夏だらう乎。

 斯くの如く愚考しながら、吉田松陰先生の「留魂録」を思ひ出した。


吉田松陰先生、江戸の小傳馬町の牢内にて「留魂録」第八節に曰く、
今日死ヲ決スルの安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ
蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ夏苗シ秋苅冬藏ス秋冬ニ至レハ
人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ爲リ村野歡聲アリ
未タ曾テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シムモノヲ聞カズ

吾行年三十一
事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀テス實ラサルニ似タルハ惜シムヘキニ似タリ
然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀實ノ時ナリ何ソ必シモ哀マン
何トナレハ人事ハ定リナシ禾稼ノ必ス四時ヲ經ル如キニ非ス
十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ
二十ハ自ラ二十ノ四時アリ
三十ハ自ラ三十ノ四時アリ
五十 百ハ自ラ五十 百ノ四時アリ
十歳ヲ以テ短トスルハ惠蛄ヲシテ靈椿タラシメント欲スルナリ
百歳ヲ以テ長シトスルハ靈椿ヲシテ惠蛄タラシメント欲スルナリ

齊シク命ニ達セストス義卿三十四時已備亦秀亦實其秕タルト其粟タルト吾カ知ル所ニ非ス若シ同志ノ士其微衷ヲ憐ミ繼紹ノ人アラハ乃チ後來ノ種子未タ絶エス自ラ禾稼ノ有年ニ恥サルナリ
同志其是ヲ考思セヨ
』と。
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by sousiu | 2010-07-23 15:56 | 日々所感

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