吉田松陰先生「留魂録」 ②

「留魂録」第八節を、『吉田松陰―独り、志に生きる 』(平成五年「PHP文庫」發行) にて古川薫氏の現代語譯を下記したい。
 
古川氏曰く、
『今日、死を覺悟した私の平安な心は、春夏秋冬を循環する四季を考へることによつて到達し得たものである。つまり農事を見るに、春に種をまき、夏に苗を飢ゑ、秋にそれを取り入れ、冬には收穫した穀物を貯藏する。秋冬に至れば人は汗を流して働いた成果を喜び、酒をつくり、甘酒をつくつて村中に歡聲が充ちあふれるのだ。
 私は今年三十歳になつた。まだ一事の成功を見ることもなく死を迎へようとしてゐる。これは穀物がまだ花をつけず、實らないのに似て、口惜しい限りだ。しかし、私の身についていふなら、今が花咲き結實のときなのである。何を悲しむことがあらう。なぜなら、人の壽命といふものは、定まつてゐないからである。穀物のやうに、必ず四季をめぐらなければならないわけではない。
 いふならば十歳で死ぬ者は、その十歳の中におのづから四季を存し、二十歳は二十の中に、三十歳は三十の中に四季があり、五十、百はおのづから五十、百の中に四季を有するはずである。
 十歳で短すぎるといふのは、ヒグラシをして長生の樹木たる靈椿たらしめんとするやうなものであらう。また百歳をもつて長いとみるのは、靈椿をしてヒグラシたらしめんとするに似て、いづれも天から與へられた壽命に達しないといふべきだ
 私は三十歳、四季はすでに備はつてゐる。花も咲き、三十歳の實も結んだ。たゞ、その實が單なるモミガラなのか、粟であるのかは、私の知るところではない。
 同志の君たちのなかには、私のさゝやかな眞心を憐れみ、私の志を繼いでやらうといふ人がゐるのなら、それはのちにまかれるべき種子が絶えないで、穀物がつゞけられて行くことを意味するのだ。同志よ、どうか私のいはむとするところを、よく考へてほしい』と。

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「留魂録」は、死刑を覺悟した松陰先生が畢生の筆を揮つた遺書である。
「留魂録」は全部で十五節と末尾の和歌五首で構成されてをり、約五千字で盡されてゐる。執筆は安政六年十月廿五日に始められ、翌日の廿六日に書き上げられてゐる。松陰先生今生最後の一日、つまり處刑される前日である。

 冒頭にとつゞられてゐるは、

身はたとひ 武藏の野邊に朽ちぬとも 留置し大和魂

 世に識られるうたである。
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by sousiu | 2010-07-23 17:20 | 日々所感

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