『神皇正統記』

『神皇正統記』について。大川周明博士の言を拜借しこゝに御説明申上げたい。

大川博士曰く、
「後醍醐天皇の建武中興は、假令囘天の偉業中道にして挫折したとは言へ、まがふべくもなき日本精神の勃興なるが故に、この精神の最も見事なる結晶として、北畠親房の『神皇正統記』が生れた。平安朝の末葉より鎌倉時代の初期にかけて、國史を等閑に附したることは、必然國體觀念の昏瞑を招き、今よりして之を想へば、到底許し難き思想が行なはれて居た。例へば慈鎭和尚の『愚管抄』に現はれたる思想である。慈鎭は關白藤原忠通の子であるが、其の著書の中には 天皇のことを皆『國王』と書き、甚だしきは禮記の百王説を其儘信受して『皇統百代限り』といふが如き妄誕至極の言をなし、實に『神の御代は知らず人代となりて神武天皇以後百代とぞ聞ゆる。既に殘り少なく八十四代にもなりける』とさへ述べて居る。八十四代と申すは順徳天皇のことにして、いま十六代にして日本の皇統は亡ぶといふ驚くべき思想である。かくの如き時代の後を承け、わが北畠親房が『大日本は神國なり』と高唱し、神胤永く此世に君臨して、天壤と共に無窮なるべきことを明確に力説したのは、正に一句鐵崑崙、虚空をして希有と叫ばしむるものである。まことに神皇正統記は、前に遠く建國創業を望み、後に遙か明治維新を呼ぶところの國史の中軸にして、此の書一たび出でて大義名分の存するところ、炳乎として千載に明らかになつた」(日本二千六百年史「第一書房」昭和十四年七月五日發行)と。

 目下の怪しげな保守派と稱するものゝ中に、日本が滅するやら、皇統がどうなるやと口に出すも穢らはしき言を放ち、惡戲に人心を煽動する輩がをる。本屋では一般に右翼と間違はれるやうな者らが、斯くなる題材を以て生計を立てゝゐる。神罰の、下るゝを識らぬ歟、とまれ當の右翼としてみればえらい迷惑な話しだ。
 彼らと此の慈鎭和尚との相違を誰れか説明する者あるよ。

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by sousiu | 2010-07-29 19:09 | 良書紹介

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