けさの讀賣新聞から

 けふの讀賣新聞朝刊、社會面〔學力考〕にて曰く、
『「僕は無駄に難しい漢字が嫌いです」「書き方のルールを利解(理解)していない」「変な日本語になってしまう。なので、理解を深めたい」―。
 山形大学工学部の学生たちが2008年、選択授業「日本語力向上講座」で、自分の「書く力」について書いた文章だ。原稿用紙を半分も埋められず、誤字や、「話し言葉」も目立つ』と。(原文ママ)

   * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 言葉を忽諸に扱ひ猛省せざる教育界の罪は決して小ならざる。
 大學とは名ばかりなり也。其の正體は自己の立身の爲めの方便門だ。
 彼らに一憂するも、彼らを創り上げた日教組、そして日教組の暗躍を默過した教育界には忿怒の念耐へ難くある。


影山正治先生曰く、
「ことば」は、「天神もろもろの命(みこと)もちて」の「命(みこと)」でもあります。即ちそれは「美言(みこと)」であるとともに、「眞言(まこと)」でもあり、また「誠(まこと)」でもあります。天之御中主神の「御中(みなか)」が「眞中(まなか)」であるやうに「み」と「ま」は通ふ音だからです。なほ、「誠」といふ字は、「言」偏に「成る」といふ旁りが附いて居ます。即ち「言葉の成就」です」(「神話に學ぶ」昭和四十六年八月五日「大東塾出版部」發行)と。

北畠親房大人曰く、
國の亂れる初めは言葉の紊れにあり』と。



 山形大學の一憂せずんばあらずの報道と共に、一昨日、宮城縣の坂田昌己君より一報あり。
 曰く、『本日、神社に參拜へ向かふと、高校生による書道コンクールが開催されてゐた。不圖目を向けると、そは全て正漢字にて書かれてある。然も驚く可きは女子高生によるものであつた。話しを掛けてみると、更に驚く可きことあり。實に彼女達は言葉の大切さを熟知し得てゐた」と。


保田與重郎先生曰く、
正しい言葉を正しく守ることは、文化であると共に見識である。武家時代を通じて行なはれてきた俳諧連歌師の國語愛の行動こそ、近世愛國思想史の初期の中樞にして、巨大な實蹟であつた國を愛した人たちは、事に當つて、どれほどふかく、細かに、しかもつゝましい態度で考へ感じ行つたかといふことを、今人は先人の悲願と歴史のあとに深く思ふべきである
 亦た曰く、
『~中畧~。 この國語愛の絶え間ない久しい運動に決定的な仕上げをしたのも國學であつた。わが國語の文法は闡明され、わが國語の中に發見された整然とした天造の秩序は、維新の志士たちに、強烈な自信の決意を與へたのである。吉田松陰が死の獄中で、文法書を研究してゐた事實や、齡五十で天忠組の義擧に加はり殉難した近世歌壇の第一人者伴林光平が、もとは是れ神州清潔之民と吟じて、僧籍を還俗した動機は、たまゝゝ青年遊學中に國語文法の講義をきいたからであつた。これらの例は、今日の愛國者の忘れてはならぬ、民族に關聯する重大事である』(「保田與重郎文庫32 述史新論」平成十五年一月八日「新學社」發行)と。
[PR]

by sousiu | 2010-08-02 10:32 | 日々所感

<< 日出る國 破邪顯正、かくあるべし。 >>