家庭小訓

 徳富蘇峰翁の『家庭小訓』を拜讀。
 風來坊の小生には耳に痛き話しの盛澤山であつた。
 書き留めておきたい小話しがあつたので書き留めて置くことにした。

『家庭小訓』(大正十三年二月廿五日「民友社」發行)〔書物の外にも學問あり〕項に翁の曰く、
『學問とて、六ヵ敷書物を讀み、六ヵ敷數字を識り、六ヵ敷理窟をいふことのみに限らず。總て智慧を殖し、徳を磨き、身を潔うし、品を高うし、立派なる人間となるは、學問の道と知る可し。故に何人にても、學問に心掛けねばならぬなり』

 曰く、『(中畧)凡そ目より入り耳より來るもの、何物か學問の材料たらざる可き。世界は大學校なりとは、洵に此上なき名言にあらずや。若しその心掛けあらば、下女の言葉にても、車夫の話にても、小兒の無邪氣に爲す事にても、皆な我が學問の材料とはなるなり』

 曰く、『(中畧)平たく云へば、心掛けの善きとなり。病人に接しては、看護の法を學び。小兒に接しては、育兒の法を學び。家に於ては、家事經濟を學び。臺所に於ては、料理法を學び。下女下男を使うては、人情を學び。その他日々の出來事、皆な學問とならざるはなし』と。


 ……成程。

 他の項では〔手紙の事〕抔、巨大なペンダコを養育してゐる小生にとりて頷ける項目もある一方、〔健全なる身體、健全なる家庭〕〔堪忍〕〔家庭教育〕〔一家の秩序〕抔等、訓み進むにつれ、概して小生の心中を暗くさせるものばかりであつた。
 例に擧ぐれば、『朝起きをなし、夜深しをするなと云ふことなり』と。かうしてゐる今も小生、事務所にゐて、煎餠と煙草を交互に、時は既に三時だものなア。汗。
 まア、『家庭小訓』であるから小生の耳が切なくなるのも仕方ないか。とほゝ。

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『家庭小訓』。附箋の餘りにも尠きを見給へ。“蘇峰翁とて小生を變へるに容易ならざる”てこと。苦笑。
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by sousiu | 2010-08-08 03:17 | 良書紹介

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