尊皇攘夷の精神を學ぶ

 幕末の尊皇攘夷運動が如何であつた乎。
 運動の成果而已を見れば維新は薩長に負ふところが尠からず存する。
 されど其の行動の基礎となりし理論的根據は、遡れば水戸學による尊皇攘夷思想の影響が大である。
 水戸學は謂はずとしれた、義公を總裁とし始められた大日本史編纂事業を出發點とする。
 尊皇の志逞しうある水藩の一大偉業は、義公による水戸史學から烈公による水戸政教學に至り、維新の志士達の魂を燃え上がらせた。其の焔は徳川幕府にとつての業火となつた。殊に志士達の血を沸騰せしむるに至りたる其の一つとして、會澤正志齋先生の『新論』を擧げることに小生は遲疑しない。
 昨夜、日乘を記すに當つて思ふところあり。所藏せる古書を引つ張り出して、調べ、今の今まで掛かつてしまつた。調べに調べた積りだが、譯に關して誤りあらば御諒恕、御批正賜はらむことを。

 しかし、小生もいよゝゝ病的なオタクだなア・・・。山乃蔭兄の云はむとしたことが一寸丈理解出來た。とほゝ。


會澤正志齋先生『新論』に曰く、
『謹按  神州者大陽之所出、元氣之所始、天日之嗣、世御宸極、終古不易、固大地之元首、而萬國之綱紀也、誠宜照臨宇内、皇化所曁、無有遠邇矣、而今西荒蠻夷、以脛足之賤、奔走四海、蹂躙諸國、眇視跛履、敢欲凌駕上國、何其驕也、是其理宜自隕越以取傾覆焉、然天地之氣不能無盛衰、而人衆則勝天者、亦其勢之所不得已也、苟自非有豪傑奮起以亮天功、則天地亦將爲胡羯腥膻所誣罔然後已矣、今爲天下論其大計、天下之人愕然相顧、莫不驚怪、溺舊聞而狃故見也、兵法曰、無恃其不來、恃吾有以待之、無恃其不攻恃吾有所不可攻也、然則使吾治化洽浹、風俗淳美、上下守義、民富兵足、雖強冠大敵、應之無遺(上:竹、下:弄=さん、算?)則可也、若猶末、則其爲自遑自逸者、果何所恃也、而論者皆謂彼蠻夷也、(敵の左側=商?)舶也、漁船也、非爲深患大禍者焉、是其所恃者不來也、不攻也、所恃在彼而不在我、如問吾所以恃之者、與所不可攻者、則茫乎莫之能知也、嗟夫欲見天地之免於誣罔、將何時而期之乎、臣是以慷慨悲憤、不能自已、敢陳國家所宜恃者、一曰國體、以論神聖以忠孝建國、而遂及其尚武重民命之説、二曰形勢、以論四海萬國之大勢、三曰虜情、以論戎狄覬覦之情實、四曰守禦、以論富國強兵之要務、五曰長計、以論化民成俗之遠圖、是五論者、皆所以祈天之定而復勝人也、臣之自誓而以身殉天地者、大略如此矣』と。()及び括弧内は小生による。亦た、本文には返り點が明記されてゐるが、パソコン入力の知識不足によりつゝしんで是れを省畧させていたゞいた。


『謹んで按ずるに。神州は太陽の出づる所、元氣の始まる所。天日嗣、世に宸極を御して、終古易(かは)らず。固より大地の元首にして、而(しかうして)、萬國の綱紀なり。誠に宜しく宇内を照臨し、皇化の曁(およ)ぶ所、遠邇有るは無し。而、今、西荒の蠻夷は、脛足の賤しきを以て、四海を奔走し、諸國を蹂躙し、眇視跛履、上國を凌駕せむと欲する。何ぞ其の驕れるや。是れ其の理を宜しく自ら隕越し以て傾覆を取るべし。然れど天地の氣は盛衰無き能はず。而、人が衆(おほ)く則ち天に勝るは、亦た其の勢ひの已む能はざる所なり。苟も豪傑が奮起するに以て天功を亮らかにあらざれば、則ち天地亦た將(まさ)に羯腥膻所誣罔する所となり然る後已まむとす。今、天下の爲めに其の大計を論ずれば、天下の人は愕然相ひ顧み、驚き怪しまざる莫(な)きは、舊聞に溺れて故見に狃(な)らうなり。兵法に曰く、其の來たらざるを恃(たの)むなかれ、吾の以て之を待つあるを恃め。其の攻めざるを恃むなかれ、吾の攻む可からざる所あるを恃め、と。然らば則ち吾をして治化は洽浹し、風俗は美に淳く、上下は義を守り、民は富み兵は足り、強冠大敵と雖も、之に應じて遺(愚案・算)無くば則ち可なり。若し猶ほ未だ、則ち其の自遑自逸を爲すは、果して何を恃む所ぞ。而、論者は皆謂ふ、彼は蠻狄なり、と。(愚案・商)舶なり、と。漁船なり、と。深患大禍を爲す者に非ず、と。是れ其の恃む所は來たらずなり、と。攻めざることなり、と。恃む所は彼にあつて而、我に在らず。若し吾の之を恃む所以の者と、攻む可からざる所を問はゞ、則ち茫乎として能く之を知る莫きなり。ああ、夫れ天地の誣罔より免れむを見ると欲するも、將(はた)、何時之を期せんとする乎。臣、是れを以て悲憤慷慨し、自ら已む能はず。敢へて國家の宜しく恃む可き所を陳ぶる。一に曰く國體。以て神聖、忠孝を以て國の建つるを論じ、而、遂に其の武を尚び、民の命を重んずるの説に及ぶ。二に曰く形勢。以て四海萬國の大勢を論ず。三に曰く虜情。以て戎狄覬覦の情實を論ず。四に曰く守禦。以て富國強兵の要務を論ず。五に曰く長計。以て民を化し俗を成すの遠圖を論ず。是れ五論は、皆、天の定めて復た人に勝つて祈る所なり。臣が自ら誓つて身を以て天地に殉ずるは大略の如し


f0226095_1457733.jpg

 上記の如く。會澤先生は尊皇論を基幹とした攘夷論者だ。次項『國體上』では國體論に就て詳らかに記されてゐる。小生の勉強不足であることが口惜しく、こゝまでの作業に十時間近くも要してしまつたので、流石に目がしよぼゝゝゝ。頭痛もして來たつた。はゝ・・・汗。

 續きは折をみて、いつか更新致したい。
 
 おやすみなさい。九拝
[PR]

by sousiu | 2010-08-19 07:58 | 先哲寶文

<< 義公による訓言  其の壹 =壁... 市民團體に對する小生の見解と、... >>