あの日から一年

 九月六日。

 一年前の此の日は相原修君が歸幽した日だ。
 相原君は、八甲田山へ祖國再建の祈願へ向かふ途中、輪禍に遭遇した。
 同じく足立徳史、山下貞一さんも幽明境を共にした。

 此の日は青梅の大東神社にて、三柱の一年祭が齋行され、參列した。

 小生は、もう一年が經つた、とは思へない。寧ろ二、三年も過ぎたやうに感じる。
 我が陣營に相原君の影響實に濃し。義信塾は彼の影響から右翼運動と神事の融合を必死に摸索してをり、鋭意努力してゐる。小生も亦た、彼の欲した先哲の遺文を學ぶことに、至らぬながらも努力してゐるつもりだ。
 疑問や時局の折に觸れ、相原君と「どの樣に考へる乎」と能く話し合つたことは今にして久しくある。
 しかし彼は既に逝いた。
 今後、疑問の折には、彼が崇敬してやまなかつた先哲の寶文より、自身で解答を見付けるよりほかはない。斯く考へ、彼を失つた後は小生、ひたすら餘暇を見付けては、讀書三昧にて過ごすことになつたのだ。
 顧みれば此の一年の生活は、彼によつて變化を生じ來たらしめたと云うて差し支へあるまい。
 だが、小生にとつては宜い變化であつたと信じて疑はぬ。
 彼の「追悼號」にも記したが、彼には隨分と困らされたこともある。しかし結果的に考へればどれもこれも宜きものとなつた。
 逝きて尚ほ、彼の友情と誘掖とを感じるものである。

 口惜しいのは、此の日、獻詠の出來なかつたことである。福永武氏に、歌を學んでいたゞきたい、とすゝめられたことがある。歌とは、今日の氣持ちを、詠むことで遺すことが出來るのだ。相原氏よ、努力不足の小生を笑ひ給ふなよ。

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[[平田篤胤大人顯彰者・相原修神主]]
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by sousiu | 2010-09-07 23:09 | 報告

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