これから寢ます

 昨夜九時ころから平澤大人より賜はつた玉稿のルビを振り始め、無事、只今終はつたところだ。

 これから寢るのであるが、今日は時局對策協議會の定例會だ。
 今日は態々、山陰皇道社の中上兄が此の會の爲めに上京されると云ふ。
 近縣に居ながら、小生、缺席といふわけにはまゐるまい。・・・・と、今は思つてゐる。

 それにしても二頁分の振り假名を觸るのに一日掛かりだ。
 技術的に苦心してゐるのではない。智識的なことだ。
 正統なる振り假名を學びつゝ作業を進めてゆくと、改めて氣付かされることがある。
 日本語の奧深さだ。
 斯く考へれば、自國の正確なる語を識らず、英語や佛語や支那語を流暢に話せても、それが一體何だといふのであらう。まるで“和の精神”を破れ靴を捨つるが如く放擲し、唐魂唐才、洋魂洋才にうつゝを拔かして得意氣になつてゐた輩が知識人を自稱してゐた時代と變はらんではないか。
 學校に於ける國語教育が餘りにも好い加減で、其癖、英會話教室なぞが繁昌してゐるのであるから、落ち着いて考へてみれば珍妙で滑稽なことだ。まつたく困つたものだ。本末顛倒だ。
 習字の塾だつて、門を叩く子供が激減してゐるさうではないか。アルフアベツトの續け文字なぞ綺麗に書けても書けなくても、そんなもの孰方でも宜しい。先づは自分の國の文字を美しく書けるやう努める姿勢が大切なのだ。

 とは云うてみたものゝ小生、他國語は勿論、自らの國語すら滿足に理解してをらぬことを痛感する。故に此の時間となつた次第である。
 解つてゐるやうで解つてゐないのは、我が國のことだ。
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by sousiu | 2010-10-07 08:56 | 日々所感

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