墮落の六十五年を猛省する秋なるぞ 貳

 ~承前~ 斯くなる價値觀の急轉換を選擇し、一方では經濟成長てふ功を收めたかに見える。
 然れども、一方では罪を重ねた。
 斯く功罪は總合して益であつたか、害であつたか。

 廿年ほど前の金滿大國神話が崩壞して、判明したこと。蓄財の殘らず、曾孫の代まで膨大な借金を遺した事實を考ふるに、如何やら國家として正しい金の遣ひ方をしてこなかつたと丈は云ふも可なり也。
 一家に喩へれば、假令大黒柱である夫が收入多くあると雖も、妻が家庭と無關係なる浪費を繰り返へすならば、そは家族にとつては不幸そのものであり、そは罪以外の何ものでもない。
 三思せば、戰後日本の金の稼ぎ方が正しかつた乎、否乎すら疑はしきものである。

 志を喪失して得せしめた金は國家としての惡錢である。身に付かう道理はない。
 國を思ふ純情熱血なる人達は正しき金の遣ひ方も、大計有するがゆゑに蓄財の必要も心得てをられやうが、彼らから何ら學ぶことをせず、訓言を聽くことすら能はず、たゞ利に突つ走つた終着點が刻下の出口なき迷路である。こは國家の、登山で云へば遭難である。

 我々は事態を決して樂觀視せず、戦後の誤りを檢出し、之を素直に認め、而して猛省し、戰中戰前の學ぶ可き事柄豐富なる方々より、國想ふ誠を今一度敎はる必要がある。

 とはいへ氣付けば戰後も六十五年。戰前派の、愈々鬼籍に入る秋である。
 これまでは、政府、マスコミはじめとした不義の徒らにより、恰も時代の遺物として前人未踏の竹林に追放されし如くあつた人達であつても、其の眼光は決して光を失はず、時には街頭で、時には書籍で、我々戰後世代に叱咤激勵を投じてくれてゐた。まことに難有きことではないか。
 さうした方々が退場される。先生方の叱咤下にあつても、戰後日本は此の爲體だ。斯くなればこの墮落と腐敗は益々加速してゆくこと考へるに難しくない。

 我々は戰後の腐敗に精神も頭腦も浸かつてゐる。
 石の上に置かれたる種は發芽しない。元來我々日本人は一ト度び開花せば、何國の人をも夢境に入らしめるだけの見事な種だ。加之、其の實りも多大にして、萬物靈長たるに相應しき世界秩序を實現し、自然一體とを供與せしむるものである。但し遺憾に耐へぬ事ながら、刹那的であり、個人主義である戰後の價値觀は、この石だ。如何に素質を有した種子も、開花せねば塵とも同樣だ。而して戰前は沃土だ。戰前の沃土に我が身を投ずることによつて、きはめて開花することが出來るのである。
 戰中派の御尊話に注目す可し。其の機會を得られずんば、難有くも書籍が殘つてをる。
 正坐し眞の日本精神涵養に努むる可し。


 市村悟兄の司會進行によつて、斯くなる話しもて有志と共に有意義な時間を過ごした次第である。
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by sousiu | 2010-10-19 01:46 | 報告

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