一艸獨語

 我が國の理想と、其の基となる思想を學ばむとするには國史を學ばねばならない。
 歴史について、小生の學び方は以下の通りである。
 當初から明治維新に最も興味を抱いたことから、基點は明治維新だつた。
 明治維新を詳細に識る爲めには孝明天皇の御宇を識らなければならない。孝明天皇の御宇を識る爲めには、弘化から文政に遡り、 仁孝天皇の御宇を學ばなければならない。
 すると更らに遡らなくては、仁孝天皇の御宇も明瞭とならない。更らに々ゝゝ遡行して、記紀に到着する譯である。

 餘談になるが、本來は遡行でなく、神話から學ぶ可きが本道であらう。
 而してそれは学校教育の段階で既に實施されてゐなければならない。
 小生の場合は、皆と同樣、日教組が之を怠りた。尤も日教組の所為ばかりではないが、汗。
 此の道に連なり右も左も判らぬ時分、明治維新から入つたので、逆となつてしまつたのである。
 惡き例として考へて戴ければそれで宜いと思ふ。
 但し、馬齡を重ねて四十。時間の許す限りに於て時間を遡行し、神代の地點まで到着した後、折り返へして、再び現代まで戻つてくる積りだ。


 扨て。斯うして學ばむとするに大きな障碍がある。
 遺憾ながら最近の歴史本は漠然とした事柄を羅列してあるだけであり、微細なる時代の錯節や先哲の思想的影響、葛藤、其の背景等を學ぶには充分と云へない。更らには詳細に記したものであつても、著作者の先入觀や視點が登場人物乃至舞臺に至るまで甚大なる影響を有し、二つ無き史實であるに關はらず、著作者の數とまでは云はぬが多くの曲解を現代人に提供してゐる有樣だ。尤も斯うした問題はいつの時代も書き手に委ねざるを得ぬものであり、最近に始まつたことでないが、戰後の誤謬が甚しくあることも亦た爭ふ可からずの事實だ。司馬遼太郎の作品などがそれであり、物語りとして讀むには差支へあるまいが、歴史を學ぶと云ふ觀點から讀むには餘りにも頼りない。

 そこで戰前の書物に心を奪はれる理由が發生する。ことに我が理想や思想を學ばむとするに、戰前の書物は寶の山だ。現在に於て小生の場合、これが明治、慶應、元治、文久と遡つてゐる次第だ。
 當然、遡行の進むにつれ、書物其のものゝの入手が困難となる。
 そこで徳富蘇峰翁の『近世日本國民史』は寔に重寶するのだ。
 『近世日本國民史』は織豐時代から始まる。從つて、其れ以前に遡行するには、或いは『近世日本國民史』を通讀して更らに之を補充せんとするならば、當時の遺文や文獻の資料に委ねるほかあるまい。そこで亦た障碍となるのは、讀むことが出來ない、と云ふ難題である。

 屹度、意欲逞しくあるとも、斯く難題に撞着する苦學の士は頗る多いことだと察する。
 勿論小生も勉強中だ。同志と共に此の障碍を取り除く可く、此の日乘然り、我が機關紙然り、拙稿然り、先づは正假名を用ゐてゐるのである。
 確かに。讀まれなければ意味が無い、と助言を賜はることもある。
 然り乍ら小生の拙稿の内容ごときは、他團體の機關紙と比し、劣ることあれども勝るものではない。
 學ぶの途上地點にある小生ならでは、内容も薄弱たるの謗りは免れまい。現時點に於て、以て希ふのことは、多く讀者が古人との連絡に容易なるやう、そのことだ。
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by sousiu | 2010-10-29 19:38 | 日々所感

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