會澤正志齋先生著述「迪彝篇」を拜讀す 壹 

●常陸國會澤正志齋先生、天保十四年『迪彝篇 -てき-い-へん- 』(「三才第一」條)に曰く、

『天は象を垂て日月星辰上に運行し、地は形を流(し)きて、山嶽河海下に布列す。天は廣大にして、地の外を包む。大地は天氣につゝまれて中間にあり。その自然に形をなすこと、譬へば人の身に四體あるがごとく、前面あり背後あり。  神州より清(もろこし)天竺等の地形(つちのかたち)相接屬するものは、その前面なり。〔西夷はその地を分けて亞細亞洲、歐羅巴洲、亞夫利加洲と稱すれども、夷輩の私に名つくる所にして。  天朝にて定めたる稱呼にも非ず、又上古より定りたる公名にも非ざるなり。今彼が私に稱する所の亞細亞等の名を以て、  神州までをも總稱するは悖慢の甚しきなり。依てこゝに彼が私稱を用ゐず、他日  皇化益々闢(ひらけ)たらんには、大地の形によりて其名をも  天朝より賜はるべきなれば、今姑く其の總稱の名を闕て、たゞ西蕃北狄南蠻遠西或は西荒等の字面を用るも可なるべし〕海東にありて地形斜(なゝめ)に相接屬するものは其背後なり。〔此地を西夷は稱して南亞墨利加洲■亞墨利加洲と云ふ。是亦彼が私の稱呼なり。今姑く東方とか東南諸國とか或は東荒東南荒などゝ稱するも可ならんか。前面後面の諸國皆其一國々々の國名はその國々の自ら稱する所を用て可なれども總稱は西夷の私稱を用べからず〕東方はその首(かしら)にして、西方は足なり。首は貴く足は賤しきこと自然の地形也。天道に在りては東方は   天日の照臨まします其初にして、陽氣の發する所。萬物の生ずる所なり。其の人民も朝氣の鋭きが如く、春氣の發するがごとし。風俗勇猛にして和樂(やすらぎのたのしみ)愷悌(やすらか)の氣象あり。西方は   天日の光りをかくし給ふ所にして、陰氣の凝るところ、萬物の滅する所也。其人民暮氣の衰るがごとく秋冬の枯落するがことし。風俗殘忍にして陰險深刻の氣象あり。故に東方のをしへは發生を主として生前の倫理を本とす。西方の教は寂滅を主として、死後の禍福を説く。これみな天地の自然なり。人は天地の間に生れて天地と竝立て三才と稱するものなれば、天道と地勢と人情とを合せて大觀するときは大道と小道の差別自ら分明也。=以下畧=』と。
〔原文のマヽ(空白部を含む)。「水府御藏版」より抄出。但し句讀點は小生による。〕

~續く~

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by sousiu | 2010-10-29 22:10 | 先哲寶文

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