會澤正志齋先生著述「迪彝篇」を拜讀す 貳 

●常陸國會澤正志齋先生、天保十四年『迪彝篇』(「國體第二」條)に曰く、

『天地の間に萬國あり。萬國に各(おのゝゝ)君ありて、その國を治む。君あるものは各其君を仰ぎて天とす。國々みな其内を貴びて外を賤しとすること同じき理(ことは)りなれば互に己が國を尊び他國を夷蠻戎狄とする事、是亦定れる習也。されども萬國には皆易姓革命といふことありて、その國亂るゝ時は或は其君を弑(しい)し、或は是を放ち、或は寡婦(やもめ)孤兒(みなしご)を欺きて、其禪(ゆづり)をうけ或は世嗣絶(たゆ)る時は他姓のものを以て其位(くらゐ)を嗣(つが)しむるの類にして、〔俄羅斯(おろしや)等の國に、この風俗あり〕其の君の種姓他に移る事、國として是なきものあらず。これ其天とする所しばゝゞかはる習なれば其天地といへるもみな小天地にして。其君臣といへるも小朝廷なり。萬國の中に只  神州のみは天地開闢せしより以來  天日嗣無窮に傳て一姓綿々として庶民の天と仰ぎ奉る所の  皇統かはらせ給はず。是其天とする所の大なる事、宇内(あめつち)に比なし。今この萬民天地の間に雙(なら)びなき貴き國に生れながら吾國體(くにがら)を知らざるべけんや。國の體と云ふは、人の身に五體あるがごとし。我國の體を知らざるは、己が身に五體あるを知らざるが如し。是によりてむかし北畠准后、世の亂を嘆き、神皇正統記を著して  皇統の正しきことを論ず。其畧に曰く、大日本は  神國なり ・・・・これより「神皇正統記」(神代之段)の抄出となる =以下畧=』と。
(原文のマヽ。句讀點は小生による)
 北畠親房公竝びに神皇正統記に就ては、『九段塾』「百代の國師・北畠親房公。」を御參照されたし。
   http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t33/l50

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 憚りながら申上げるに、當今の保守と稱される御仁に顯著なるは國體觀念の動搖である。
 如何に支那、南北朝鮮を分析し、而して彼らに抗ふ乎、ばかりだ。他國や他民族の批判を流暢に語らふことを救國論と云ふで無い。・・・尤も彼らは非難されて餘りある國だが。
 反民主主義、反戰後體制、反自虐史觀、反亡國憲法、反米・反露・反中・反韓・反北鮮、どれもこれも「反」其れ丈では救國の論としての効能を持さない。況や反戰、反核、反日に於いてをや。
 明治維新に於ても「尊皇」あるがゆゑに出でたのが「攘夷」であつたのだ。「尊皇」であるがゆゑに生じたのが「討幕」であつたのだ。尊皇を樹幹とすれば、攘夷はそこから派生する枝葉だ。幕末は樹幹逞しうなるにつれ、枝葉も繁茂するに到つたのだ。

 然し乍ら戰後の保守、或いは愛國的論壇に於て、かくも『迪彝篇』の如き痛快にして明瞭なる國體觀念を發見することが出來ない。否、小生の狹見たればこそ識らぬ丈に過ぎぬかも識れぬが、けれ共、皆無と云ふこと出來なくば、、僅少であること丈は間違ひなからう。
 數年前、小生は阿形充規先生の御誘掖を賜はり、はからずも保守派と稱される某漫畫家と對話の機會を得たことがある。
 某漫畫家曰く、「ガングロギヤルにも判るやう先帝の御偉業に關する資料を收集し次囘の力作とする」と。
 小生曰くは、「おそれおほくも 天皇を偉人として敬ふやう啓蒙なされる御積り乎。敢へて尋ねるに若しも貴殿のいふ偉人になかりせば奈何。現代の日本に不足してゐるのは國體觀念であり、 天皇の御偉業ではない」と。某漫畫家は默したまゝであつた。因みに小生、其の力作といふ「●●論」を未だ讀んでゐない。

 愚案。云ふなれば一昨日も昨日も、而して今日も今も、總て聖徳の沐浴を賜はつてゐることを篤と自覺す可きだ。
 戰前から戰後に掛けて我が國體は、寸分たりとも傷の加ふること許さず。戰後あれ丈、國家が未曾有の危殆に瀕してをりながら、我が國體は毫釐も磨耗せず、變身せず、肇國のまゝである。政體は確かに盡く侵された。だが國體はそのまゝだ。逆言すれば我が國體の金甌無缺たる證明だ。變はつたのは我々だ。我々の國體觀念が動搖した丈だ。我らが此の事實を默視して、現代に於ける墮落と腐敗の責任を“敗戰”に見出しては、英靈を侮辱するものと等しくある可し。左翼風に吹かれた者は“戰爭”に責任轉嫁し、さうでない者は“敗戰”に責任轉嫁す。然り乍ら現在の日本の腐敗は、國體觀念の動搖から生じ來たつたものだ。
 會澤正志齋先生だけではない。我が國體を鋭意御研究なされ、そのうへで我ら臣民如何にある可きかを説かれた先達は多く出現してゐる。
 今、小生はさうした先人の寶文、遺稿が多く失はれつゝあるをおほいに嘆き、且つ悲しまざるを得ない。
 同時に、假令、拜讀するの機會に惠まれたとて、充分之を讀み解く能はぬ己れを切齒せずにはをられない。
 畢竟、次世代の若人に託してゆかねばならないのであるが、それまで、小人と雖も小生、出來得る限りの努力を拂うてゆかうと思ふ次第である。
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by sousiu | 2010-10-30 00:18 | 先哲寶文

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