『宣戰の大詔』より抄出 貳  

  承前
●徳富猪一郎翁、『宣戰の大詔』第十三項「日本の攘夷と正當防禦」にて曰く、
『これは正しく云へば、積極的攘夷と云つても差支あるまい。日本は何故に蝦夷を平げたる乎。何故に熊襲を平げたる乎と云へば、我が大八洲は天孫の治しめす地域であるに拘らず、其地を侵略せられ、若しくは其地に蟠居し、皇化に服せざるが故であつた。元の來寇に當つても亦た同樣である。
 即ち朝鮮問題に於いて、初めに支那と相戰ひ、後に露國と相鬪つたのも、朝鮮は所謂る我が外府にして、日本の治安を保つ爲には、外國の勢力を此處に入れる事が、絶對に不可であつたが爲である。
 今日の大東亞戰爭の如きも、我等が米英兩國に向つて、侵略するのでは無い。彼等が百年來東亞の土地を侵略し、東亞十億の民族をして、其生を保ち、其業に安んずることを得ざらしむる爲に、我國は自ら大なる犧牲を拂つて、我が東亞の同胞の爲に、此の外來の勢力を掃攘するものであつて、如何なる場合に於いても、日本の攘夷は正當防禦の範圍を越えた事は無い。 但だ正當防禦なるものは、消極的ばかりの防禦では、防禦の實を成す事が出來ない。防禦の完全を期するには、攻むるを以つて守るとし、戰ふを以つて和するとせねばならぬ。我等はそれ以上に出た事は無い。
 然も我が皇國が如何に連戰連勝したりと雖も、我等は米國の大陸を占領して、其の内地に踏み込み、其の土地を我に分割せんとする者ではない。これは同時に又た英國に對しても然りである。但だ我等の言ふ所は、『汝等速かに本來の面目に立還れ』といふに外ならない。攘夷の意味は全く其通りであつて、此の精神は神武御東征以來、今日迄毫も變更するところのものが無い。更に溯つて云へば、出雲讓國以來の事である。
 同じく攘夷をするにも、出來得可くんば、平和的の攘夷が必要である。故に我等は大東亞戰爭の開始に先んじ、長く且つ久しく平和談判を、アングロ・サクソン人に向つて仕向けたのである。然も彼等が増慢、我が恭謙の態度を濫用して、愈々暴壓慢侮を逞しくし來つたが故に、我等は已むを得ず干戈に訴へるに立至つたのである。
 これは聖敕に明白に掲げられてあつて、恰も日月の天に麗るが如く、明白である』と。
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by sousiu | 2010-11-10 01:19 | 良書紹介

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