日本人よ「愛國無罪」と訴ふる勿れ 

●櫻田門外義盟の士、『斬奸主意書』に曰く、
『謹而龍野侯執事ニ奉上言候。執事御義御賢明ニ被爲在、天下之御政道無邪御取計被遊候御義と奉存候間、草莽之我々共申上候は、恐入候得共、存詰候義、無伏臟別紙ニ相認、奉■(三水+賣〔けがす〕)尊覽候。追追御大老井伊掃部頭所業を洞察仕候處、權威を恣に被致、我意ニ叶はざる忠誠厚き人々をば、御親藩を始め、公卿衆大名御旗本に不限、讒誣致し候而、退隱幽閉等被仰付候樣取計ひ、就中、外慮之義に付而は、虚喝之猛勢ニ恐怖致し、神州之大害を釀し候不容易事を差許し、御國體を穢し、乍恐叡慮を奉惱、敕意にも奉違背候段、奸曲之至り、天下之大罪人と可申奉存候。右罪状之義は別紙にて、委曲御熟覽、御熟慮之程奉祈候。扨右樣之奸賊御坐候而は、此上益々將軍家之御政道を亂り、夷狄之爲に被制、禍害を來し候義、眼前にて有之、實ニ天下之御安危ニ拘り候儀と奉存候故、京師へも及奏聞、今般天誅ニ代り候心得にて、斬戮仕候事ニ御坐候。毛頭公邊へ御敵對申上候義ニ無之、且全く我々共忠憤之餘り、天下之御爲と存詰候而の事ニ御坐候間、御法之通、如何樣御處置被仰付候共、御恨不申上候。依而は元主人家、譴責を蒙り候樣之儀、無之樣奉願候。將又此上は、天下之御政事、正道に御復し、忠邪御辨別被遊、殊更夷狄之御取扱ニ至り候而は、祖宗之御明訓御斟酌被爲在、華夷内外之辨、得と御勘考被遊、勿論聖明之勅意ニ御基き、御判斷之程奉渇望候。罪不顧萬死奉申上候。 恐惶頓首
  月日
     元水戸藩中
     姓名
   元薩摩藩中
         姓名

 伏呈
  龍野賢侯執事』  ※句讀點及び()、括弧内は小生による。

【謹みて龍野侯執事に上言奉り候。執事御義御賢明に在らせられ、天下の御政道邪(よこしま)無く御取り計らひ遊ばされ候御義と存じ奉り候間、草莽の我々ども申上げ候は、恐れ入り候えども、存じ詰め候義、伏藏無く別紙に相ひ認め、尊覽を■(けが)し奉り候。追々御大老井伊掃部頭所業を洞察仕り候處、權威を恣(ほしいまゝ)に致され、我が意に叶はざる忠誠厚き人々をば、御親藩を始め、公卿衆大名御旗本に限らず、讒誣致し候て、退隱幽閉等仰せ付けられ候樣取り計らひ、就中、外慮の義に付いては、虚喝の猛勢に恐怖致し、神州の大害を釀し候容易ならざる事を差許し、御國體を穢し、恐れ乍ら叡慮を惱まし奉り、敕意にも違背奉り候段、奸曲の至り、天下の大罪人と申す可く存じ奉り候。右罪状の義は別紙にて、委曲御熟覽、御熟慮のほど祈り奉り候。さて右樣の奸賊御座候ては、此の上益々將軍家の御政道を亂り、夷狄の爲めに制せられ、禍害を來し候義、眼前にてこれあり、實に天下の御安危に拘はり候義と存じ奉り候ゆゑ、京師へも奏聞に及び、今般天誅に代はり候心得にて、斬戮仕り候事に御座候。毛頭公邊へ御敵對申上げ候義に之れ無く、且つ全く我々ども忠憤の餘り、天下の御爲めと存じ詰め候ての事に御座候間、御法の通り、如何樣の御處置仰せ付けられ候とも、御恨み申上げず候。よつては元主人の家、譴責を蒙り候樣の儀、之れ無き樣願ひ奉り候。はたまた此の上は、天下の御政事、正道に御復し、忠邪御辨別遊ばされ、ことさら夷狄の御取り扱ひに至り候ては、祖宗の御明訓御斟酌あらせられ、華夷内外の辨へ、とくと御勘考遊ばされ、勿論聖明の敕意に御基き、御判斷のほど渇望奉り候。罪萬死をかへりみず申上げ奉り候。 恐惶頓首 ~以下畧~】
と。


 愚案。中國共産黨の民に對する黨略に淺ましくも「愛國無罪」なるものがある。
 固より崇國、愛國の念が法に照せて「有罪」乎、「無罪」乎の分別にて低迷乃至昂揚するとは考へられぬ。
 若しも「愛國無罪」の標語にて愛國心の澎湃をみるならば、それは法の庇護に裏付けられたものであり、純然として成長し來つた報國の心ではない。無罪を約束された蹶起なぞ、何ともあやしむに足るものであり、若しもそれを愛國心の發露なぞと呼ばうものならば、小生はそれを贋と看做すに躊躇しない。
 その官製愛國心を以て宜しとするは共産黨幹部而已である。從つて彼らの「愛國無罪」は、「愛黨無罪」と言ひ替へることが出來る。無罪を擔保として愛國心を發揚するなんざ、共産主義者ならでは發想し得る、寔に貧弱たる思考ではないか。
 そして、「愛國無罪」の標語のもと出でたる行動に、“義擧”なるものは存在しない。據つて“義人”の登場もみないのだ。

 成程。過去、日本でも左翼のものどもは、擧に出づるも「逃げろ、捕まるな」と云ひ、僞名を用ゐてはマスクで顏を隱し、それを「合理的」であるかと信じてゐるやうだ。更らにそれを基本的「戰略」として考へてゐるやうでは、異國ではいざ知らず、我が國では誤謬甚しくあり。成績が上がらず效果が望めぬのも道理である。殊に仁と義とを重んじ廉潔を尊ぶ我が日本人の氣風は、彼らの考へる合理も、卑怯、姑息、不審の眼差しを以て眺められるも致し方あるまい。


 我が道統にあるひとらは、古今に於ても將來に於ても、「愛國無罪」の保證を持たない。
 説明を要すまいが、行動者にとつて、斯かる法の是非は小さき問題といふよりも、問題の外である。
 尤も、刻下の法に切齒扼腕することは小生も萬承知するところ。さればこそ、政體を正道に復すれば宜いのである。そこに至らざるまでは、假令不條理にても甘んじて許容するほかなく、我が實力の不足を認め、是れを補ふことに精勵するある而已。


 扨而。義による運動が法を超える時、共鳴する第三者からは大別して概ね三つの聲があるやうだ。
  甲には「法に牴觸してゐない」。
  乙には「減刑を要望する」。
  丙には「愛國無罪」。
 甲は法の觀點より、乙は心情面より、義人を救はむとする聲であらうと思ふ。
 丙は既記の理由から、現象面に拍手はしてゐるが、必ずしも行爲者の義に拍手するものでは無きやうに見受けられる。
 小生は痩せても枯れても運動家の末席を汚す者。丙の聲を發する氣にはなれぬ。
 小生も是れ迄、少なからず運動家の裁判を傍聽したが、固より行爲に及ぶほどの御仁が、自らの行なひを「愛國無罪」などと思つてをりやせん。加之、言ひ譯すらをも聽いたことが無い。
 小生の如き小人は、ひたすら義人の忠義を欽慕し、其の御身を案じ、其の行動には幾重にも感謝するある而已。



●山口二矢烈士おん年十七、昭和卅五年十一月二日付「供述調書」にて曰く、
『私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。そのとき富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、例え富や権力を得なくても、自己の信念に基いて生きて来た人生である方が、より有意義であると確信しています。
 自分の信念に基いて行なった行動が、例え現在の社会で受け入れられないものでも、また如何に罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところもないと存じます』(『山口二矢供述調書』平成廿二年十一月二日「展轉社」發行)と。
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by sousiu | 2010-11-12 02:03 | 日々所感

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