本日の氣付かされたこと。

 今日は「APEC横濱」に反對するデモが行なはれたと云ふ。
 人にはそれゞゝ意見があつて宜いと思ふが、小生自身は「APEC横濱會議」について贊成やら反對やら強く思ふものでもない。來日する中露要人に對しては訴へたきことも一言、二言では足りないが、「APEC」自體に本音を吐露すれば、興味がない。

 今日は久々にのんびり出來るので、いたゞいた手紙の返事や本の發送作業に取り掛かつた。
 日乘もさうであるが、小生、文章能力が乏しきゆゑに、書き上げて何度も讀み返すのである。
 其の都度、書き換へるので、これまでも我が日乘を再讀し「あれ?變はつてゐる」と氣付かれた御客人もをられるのではないかと思ふ。
 機關紙も然り。因みに文章を最後に讀み直す時は音讀してゐる。音讀すると、案外にをかしい箇所が發見出來るのだ。

 そんなことであるから、手紙もメールも遲い。メールは手直しが容易であるが、手紙は大概筆を用ゐるのでこれは大變だ。皆さんは如何してゐるのか判らないが、齡四十になつて手紙一枚仕上げるのにも覺束なくある。

 さて。一通の手紙をを遺したまゝ、只今、氣分轉換の爲め一休みし乍ら、此の日乘を書いてゐる次第だ。
 私事にて恐縮であるが、日乘なので御高恕願ひたい。
 其の一通といふのが、本日屆いたもので、某刑務所からによるものだ。差出し人の名前に見覺えがない。
 如何して住所を識るのか判らないが、未見の受刑者から書翰が來ることはこれまでも何度かある。今尚ほ文通してゐる人も十人は超えてゐる。
 開封し拜讀すると、有名な某連續殺人事件をおかした人からで、死刑の判決を受けたといふ。
 其の紙面は綺麗な文字で悔悟と萬謝の意がつゞられてゐる。
 小生に宛てたる本題は、死生觀について尋ねたい、と。亦た、死出に向ふにあたり言葉を賜はりたい、といふことであつた。
 寔に情けない限りであるが、小生は小生の未熟な人生經驗から、斯樣な御仁に對して投ずる可き言葉を探せど見付けること能はない。ありきたりな言葉しか持ち合せず、如何樣にも筆が進まない。悔しきほどに、我が言乃葉の力不足なることを自覺させられた。

 先日、既に死を覚悟した言乃葉を拜借した。輕率な積もりは毛頭も無かつたが、表層のみを識り譯識り顏であつたこと丈は其の通りであつた。無駄に馬齡を重ねる己れに氣付かされた、一通の手紙であつた。
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by sousiu | 2010-11-13 23:24 | 日々所感

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