皇國の御大事なれば、心力をつくし助け奉るべき秋ぞ矣

●藤本鐵石先生『皇國第一義』に曰く、

人の世にあるは道を履まんが爲なり。夫れ道は皇祖天神の道なれば、敬せずんばあるべからず。皇祖天神、天地を開闢し、人類を生育し給ひしより、今日あるなり。天津日嗣(○天皇)は其の御嫡流におはしまして、大祭に仕奉り、三種の神器を傳へ給ひ、殊に御鏡は、そのかみ日の大御神、御手にとらし授け給ひし時、是を見ば、朕を見るが如くせよ。寶祚は天地と限りなからんと宣給ひしより、御世々々の天皇も、拜し給ふ時、其の中にうつる所の御影は、日の大御神の御遺體にましゝゝて、御鏡は留神の器なれば、是を仰ぎまして、なほ日の大御神を仰ぐ如く、群臣も其の祖先、日の大御神に事(つか)へまつりしままを受繼ぎて事へ奉ること、一つも其の昔に違ふ事なく、祭政一致、上下ともに、如在の誠を致して登らせ給ふ御位なれば、天皇は即ち日の大御神なり。是れ故に、三器なきは、歴々たる皇胤と云ふとも、祚も祚にあらず。世も世にあらず。此の靈位に本づかざるは、禮樂、政令、官位、衣冠も皆非なり。扨この士民みな庶裔のいやつこなり。よく父母を敬し、祖先を敬し、殊に父祖と等しく敬する所の皇祖天神を敬すべし。かく其の敬する所を敬せば、今日の君なり、父なりの、日の大御神を敬せずは有るべからず。是を以て、人よく父母の本體にして離るべからざると知らば、君の本體にして、決して離るべからざるを知らん。故に父の爲にも、祖の爲にも、己が爲にも、主の爲にも、一君にましませば、即ち天皇は天地の大宗主にましゝゝて、天地は即ち皇祖の開かせ給へる所なれば、皇家の御物なり。他乘萬乘の大小もて尊卑を分ち、用を尚びて、君主は、偏役なる國の言の如き、君はは義もて結び、父は情もて結ぶなどと云ひ、又君父は假令(かりそめ)にして、未來永劫の本尊ありと云ふ類なる、比較あるべき道にしあらねば、不幸にして、不君の世に生れ逢ふも、嚴霜烈日、誰が天を恨み、地を咎めんや。まして 聰明叡智の聖主に於てをや。歡戴せずんばあるべからず。されば何處にても、何時にても、聊か疑念あるべき樣なし。然も君は、天日の偏照なきが如く、和と不知と、順と不順とを問はず、みな其の奴にして、たゞ御民と夷狄との尊卑を分つのみ。是故に王公の家といへども、たゞ參左、寮屬、使令、陪從する家令、資人のあるのみ。一人の私臣あることなし。是を以て、衣冠におよぶ者は、皆衣冠を朝廷に受け、及ばざる者も、みな帝臣たること、斯の如くあきらかなれば、是、今日行はるゝ所にして、人みな知るところなり。よく思ひてもみよ。もし家に千年の量あらば、女兒も猶愛惜すべきを知る。まして天地の大宗主の、天地とともに、君萬々年、、臣萬々年、其の畿甸(○畿内)たる皇國に生れ、明かなる大道にしたがひ、開闢以來、醜賊夷狄を君戴せず、忠孝兩全の徳誼を全うすることを得たる士民等、かの傭主假父を説なし、又は功利技巧を尊ぶ類に誣罔致さるゝことなかれ。況んや、其の掠奪をうけて、此の御國體を損ずるに忍びんや。是故に、官屬ある公卿、土地人民を領する藩主、それに從ふ士民も、能々心すべきことぞ。其の陪從する事は、たとへ君家の御手を經ざる輕輩士民と云へども、皆、君家より附屬せらるる所分明なれば、みだりにとなふる他の君臣よりも、情誼はかへつて、この主從たるかた重きが故に、敢へてさるべき義はなきなり。但、主家不軌(○不道と同じ)の意あらば、よく諫め、死もても諫むべきなり。蓋し君家の急務にあたり、情實通ぜず、つひに忍びがたき事實に至らば、進んで名をもとめず、退いて罪をさけずの忠實をつくすべし。これ又主家を匡救するなり。此の際に至り、尚、名分に抱はるは、御國體に非ざるなり。かゝれば上は僭上の心を生ぜず、下は逆にしたがふの疑念なく、ともに世祿世業を保つ所以なり。いたづらに食つて飮みて、死を待のみの禽獸と異なる所、知らずんばあるべからず。依て思へ、十分の名教を唱へんよりは、三分の情實をいたすに若かざることを。殊に土地人民を領するは、みな兵賦の料にして、三百年來軍旅のこと無ければ、軍資は今日用うるに絶えざるほどに有るべき事ぞ。斯くて今日の御大事に怠らば、何を以てか天恩にこたへん。亦、富人の金銀米穀を蓄ふる者も、みな是れ、君恩の餘澤にもあれば、力を盡し、助け奉るべき事なり。かつ處士、庶民等も、もとより分定りて、選擧拔擢の事は有るべからざる御國體なれども、君は父にして、臣は子たるの親みふかき神典皇謨、親んで忠ならざることなき情理なれば、才も學も私せば、極々重大の事にあたりては、甘んじて國の寶たる忠もつくすべし。其の位にあらざれば其の政を議らすといふは、大道行はれざる國柄の言なり。斯くの如くなれば、士人、金穀ある人、才智ある士など、かく外夷猖獗の今日にあたり、天地開闢前より神胤連綿たる皇國の御大事なれば、心力をつくし助け奉るべき秋ぞ。忽にすべからず。殊更氣節を負うて慷慨する士夫の、安飽すべき時に非ず。かの唐國人の語にすら曰はく、王事に勞して父母を養ふ事を得ずと。況んや、御民として此の大宗主の大御國に於てをや』と。括弧及()内原文マヽ。


○『皇國第一義』・・・本書は十津川の變に名高き幕末の勤王家藤本鐵石の著なり。一小册子に過ぎずと雖も、皇國の第一義を明にして、國體の眞髓に觸れたるところ、其の精神の凡ならざるを見るに足れり、鐵石、通稱は津之助。鐵寒士、また都門賣藥翁と號す。備前の士なり。風格俊異にして、信義に厚く、經學に通ず。又詩文に長ぜり。文久三年、松本奎堂、吉村寅太郎等の諸士と勤王の兵を十津川に募り、大義成らずして戰死す。年四十七。・・・河野紫雲先生(『勤王文庫 第貳編 教訓集』大正九年一月卅日「大日本明道會」發行)の誌す。
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by sousiu | 2010-12-02 00:20 | 先哲寶文

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