光明正大なる者は、未だ嘗て滅絶せざるなり也

●贈正四位、藤田東湖先生、弘化四年『弘道館記述義』卷之上に曰く、

『 大道之不明於世也蓋亦久矣(大道の世に明らかならざるや、蓋し亦た久し矣)

臣 彪(藤田彪。東湖先生のこと)、謹んで案ずるに、明らかならざるとは、湮晦の之を謂ひ、夫れ彛倫名分、既に已に頽廢錯亂すれば、則はち大道滅絶せりと謂ふて可なり也。豈に特に湮晦明らかならざる而已ならんや哉。曰く、然らず、道の之、世に在るは、猶ほ太陽の天に懸るが如し。保平已降、彛倫敗れると雖も、名分亂れたりと雖も、而も太陽未だ地に墮ちず。則ち斯の道の人に存するに於いては猶ほ自若たるなり也。故に其の喪亂荐りに臻り、禍亂百出するに當たり、天又必ず英偉絶特の人を其の間に生じ、以て天常民彛を扶植し、斯の道をして寓する所有つて、滅絶薀盡に至らざらしむ。是れを以て藤原信頼の亂を作すや、獨り藤原光頼の剛毅にして屈せざる。平清盛の毒を肆にすゝるや、内に其の子重盛の諫諍有り。外に藤原長方の■(言+黨。愚案、とう ‐タウ‐ )議有り。佐藤憲清の跡を佛に遁るゝは、中行に非ざるも、而も義、肯て霸府に阿らず。源義經權を兄に失ふは、憾なきに非らずして、而も忠、克く節を  皇家に效す。北條闔門の罪、固より天誅を容れず。然れども泰時、時宗の民を撫で夷を攘ふことなかりせば、嗷嗷たる赤子何に由りて肩を息めん。而して赫々たる  神州、或いは忽ち必烈の蹂躙を免かれざらん。  後醍醐帝英武の威を以て、姦兇を攘ひ除き、  鴻業を恢復し、海内の民再び天日を見る。蓋し、  天智帝逆賊を殪してより以來、數百年間、未だ此の痛快あらず。天未だ禍ひを悔いず、  帝亦た終ある能はず、然も其の憤慨劍を按じ、  遺詔して恢復を勉めしむる所以の者、長く志士仁人をして、毛髮竦然、感動已まざらしむ。  後村上帝、崎嶇間關、僅かに  神器を南山の岺に守る。今、忝しく御製の歌詞を觀るに、其の後嗣をして、函關蹈雪の艱苦を想はしめて、以て無逸の戒を存す者、亦た信に以て懦夫の心を激發するに足る。  二帝の士氣を鼓舞する、其の切なること此の如し。故を以て當時、忠義輩出、儲貳は則はち  皇太子恆良あり、皇子は則はち尊良護良、宗良、懷良諸王あり。公卿は則はち藤原藤房、藤原師賢、源義房父子の倫あり。闔族難に殉じたるは楠氏有り。一門勤王には則はち新田氏有り。若しきは、兒島、名和、菊池、結城、村上父子の徒の如き、器、大小ありと雖も而も之を要するに英風義氣、凜として宇宙に磅■(石+薄。愚案、はく)。所謂、天、英偉絶特の人を生じて、以て天常民彛を扶植する者夫れ然らず乎。且つ夫れ太陽光を失へば、宇宙長夜、大道滅絶すれば人皆禽獸たらん。天地の間、豈、斯の理有る。然らば則はち太陽の見えざるは、雲霧障ればなり也。赫赫炎炎たる者は自若たりなり也。大道の行はれざるは、亂賊晦すればなり。光明正大なる者は、未だ嘗て滅絶せざるなり也。故に曰く、大道の世に明らかならざるや蓋し亦た久し矣、と』
と。括弧及()内は小生による。空白部は原文マヽ。謬りあらば乞御高恕。
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by sousiu | 2010-12-02 05:22 | 先哲寶文

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