國家安からんを欲して眠る能はず、誰れぞ彼れの苦衷をしらん

 自淨作用なき民主黨に告ぐ。
 先般擧行された議會開設百廿年記念式典において、畏れ多くも
天皇 皇后兩陛下をお迎へするためお立ちなられてゐた
秋篠宮文仁殿下、同妃殿下に對し奉り、貴黨の中井洽議員は不敬不遜な言動を働いた。
 この大罪を、我々は看過することが出來ない。
 こともあらうに中井洽は、言ひ譯をするのみではなく、國民がこの事實を忘れ去るのを待つかのやうに逃げ囘つてゐる。
 これ以上の罪・穢れを重ねるのであれば、禊の意味を込めて即刻議員辭職し、公僕としての立場を退くべきである。
 國民に範を垂れるべき國會議員の逆賊的な言動が、國民の道徳規範の低下を招來することが理解できぬのか。
 貴黨の若手議員の中には、式典を缺席したものも多數ゐると聞く。
 この度の中井洽による不敬發言及び若手議員が多數出席したといふ事實は、貴黨が日教組を支持基盤の一つとしてゐるといふ、甘い體質が招いた大罪であると、我々は考へてゐる。
 逆臣中井洽が辭職するまで、我々は粘り強い運動を展開することゝなる。
 民主黨廣島縣總支部連合代表である貴殿には、廣島縣民を代表して逆臣中井洽を即刻辭職に追ひ込む責務がある。
 どうかこの點を踏まへて、内閣總理大臣でもある民主黨代表菅直人殿への進言を願ひたい。

皇紀二千六百七十一年一月

  民主黨廣島縣總支部連合代表  佐藤公治殿

     廣島民族協議會議長
     大日本憂國同志會顧問  古庄昇

     松籟維新聯合日本講座會長  林萬平

     洗心會 代表世話人  國信隆士
(血判)




 上記は本日、廣島縣の有志が民主黨廣島縣總支部連合に持參、提出した抗議文だ。
 差出人のひとり、國信氏は左手小指を切斷。
 激烈にして抑へ難き憂國の赤誠を紙面に投ぜしめた。
 昨年の中井の暴言は、既に大半の國民から過ぎ去つた話題であるかの如く、風化されんとしつゝあるー、と云ふのはいさゝか過言であるか。たとひ、過言であらうとも、中井本人が心中に斯く願つてゐることだけは過言であるまい。
 されど、かの不遜に對する憤慨は、彼れの愚願とは裏腹に、未だ尊皇のこゝろ逞しくある市井の民にはいさゝかも息むことなく燃え續けてゐる。神聖を穢した罪過は、決して歳月を以て拭はれる能はず。況んや方便をや、だ。


 國信兄は廣島縣三原市、「洗心會」の主人だ。

 洗心會は、週に一度、須波に鎭坐なされます皇后八幡神社の拜殿にて、小學生を對象に、古事記や御製、和歌を學ぶ會である。

 國信兄。彼れも亦た、ひとかたならぬ奇人だ。彼れも二日に一度は當日乘を訪れてゐるといふので、滅多なことは書けないが、それでも奇人であることだけは書かずにをられない。

 國信兄の奇人ぶりは下記の略歴を以て容易に知る可し。
○昭和四十六年十月十四日、廣島縣三原市に生れる。
○平成二年四月一日、廣島經濟大學入學。
○平成六年三月十日、同卒業。
○同年四月一日、廣島縣警察巡査を拜命。
○平成十九年六月卅日、思ふところある可くして廣島縣警を退職。當時は警部補。これより運動家として第二の人生を歩み始める。
○平成廿年八月十一日 米國大使館前にて抗議を展開。脇差しを拔刀し正門前で突破を試みるも警察官によつて阻止され。銃刀法違反で現行犯逮捕。同事件に於ける判決は、懲役一年、執行猶豫三年。
○現在に至る。

 先日、中井を懲しめんと、おのの血を流した鈴木田氏は自衞隊員からこの道の住人となり。今日の國信氏は警察署員からこの道の住人となり。兩兄による常の御活躍には只管ら敬服するある而已矣。
 共に公務員として將來の生活の安定を約束されてをつたばかりか、加之、前途を囑望される立場にをり乍ら、一切を放擲して何故に、螳螂の斧をば揮はんとせん。かやうに彼らを奇人と人が呼ぶのであれば、小生は奇人は偉人となる可く資質の備はる者であることを認識せずにはゐられない。




 藤田小四郎先生、辭世の詩に曰く、
 『尊王攘夷萬天を貫く
 國家安からんを欲して眠る能はず
 聞説く世人忽ち恐怖すと
 奸を屠る只是れ節操の鞭』
 と。
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by sousiu | 2011-01-11 20:47 | 日々所感

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