我が道は明るし

 小生は原稿にしろ演説にしろ、讀み手や聞き手に過剩な不安や心配を與へ煽動することを毫も良策と思うてゐない。例へば驛頭演説。横濱驛や新宿驛の往來者は頗る多いのだが、小生の訥弁を態々音量高く披露するまでもなく、皆多少の差異こそあれ、現今の政治や社會の間違うてゐることは既に承知してゐると思ふのだ。眞に浮かれ氣分の人なぞ、希有だ。御年寄りの方だつて、生活苦の人、或いは寂しい人、遺憾ながらも少なくないと思ふし、サラリーマンだつて同じだ。若者は退廢的だと傳へられる。さうした人たちに、これ以上絶望的なことを吹聽して、それが一體何の活力になり得るのか。
 抑も小生は、そこまで愛する我が國・偉大なる日本の短所を探す氣も起きないし、惡口や陰口を吹聽する心も持たない。尤も、我が日本だつて、今は完璧だと云へない。缺點だつてあるさ。しかし、その缺點と比すまでもない大いなる美點で溢れてゐる。その僅かな缺點を針小棒大に訴へるよりは、調べつくせぬほどの美點を了知せんと努め、語りつくせぬ程の美點を語るはうが、小生も氣分が晴れ々ゝとするのである。

 普段の何気ない會食や何かの宴でも、希望に滿ちた話しや友人間の佳い話しを聞いた歸路は心暖まつてゐるが、何だか嫌な話しばかりの歸路は長く感じてしまふ。さういふものだ。

 嘗て隣邦の取材を受けた時、かう云はれたことがある。「本當に日本のことが好きなのですね」と。當たり前だ、何年日本人をやつてゐると思つてゐるのか。失禮な話しだ。かくも貴方が驚くのは左翼ばかり取材に行くからだ、と云ひ返してやつた。苦笑。

 とある新興宗教では、密室で勸誘された人にこれでもか、これでもかと末世を吹き込み、巧みに不安と恐怖を煽り遂ひには入會させてしまふといふ手口を聞いたことがある。だがそれを啓蒙に用ゐることは得策ではない。そんな罪作りなことをしてまで日本を愛させようとせずとも、通常、心底から自分の國を愛さない者はない。要は極く自然に愛することを躊躇する、若しくは愛し方を識らない不幸な人が多いといふだけだ。

 小生は馬齡を重ねて早四十。不思議なもので、この年にもなると、これまでの視界と別な視界を持つようになる。
 それはともすると樂觀と誤解を受け難ねないが、やはり日本は希望に滿ち々ゝてゐると云はざるを得ない。何のことか。ちやんと頼母敷き若者が陸續、登場してゐることだ。

 昨日、大行社の木川智選手の演説を拜聽した。彼は廿七歳。ネツトによる可能性の限界と言靈の持つ偉大について熱辯を振るうてゐた。若さの短所は多くある。だが、若さはその短所を差し引いても餘りある長所がある。その長所を殘念ながら活かしきれず四十になつてしまふ凡夫が尠くない。不肖河原もその一人なる可し。泣。

 小生の決して廣いとはいへぬ觀察眼に從へば、その若さの長所を活かしきり躍動する若者人士は、必ずしも多勢ではないが皆無でもない。
 小生は彼らの保護者でも責任者でもないが、わづかながらも道に於ける先輩だとは思うてゐる。えへん。(・・・は餘計か)
 不肖河原、これまで微力ながらも道の先輩、同志に連なり、おほけなくも螳螂の斧を振るうてきたつもりだ。 しかし無念、脚下をみれば、それでも世相はこのとほりだ。だから、若者は我らの年代を超えなければならない。その達成にあらずんば、前進は期し難くあるのだ。それが道だ。道の前進、深化、發展、達成を眞に願ふのであれば、後進に委ねるほかはないのだ。それ故に乘り越えられる可き存在である先輩は、少しでも大きなハードルとなれるやう己れを研磨し、いつまでも今の自分に折り合ひを付けてはならんのだ。
・・・・・・うまく説明が出來てないかな。・・・例によつて例の如く、先人の言乃葉の助けを乞ふとしよう。汗

●『(賀茂)眞淵は常に弟子に教へるのに、「後によき考への出來たらむには、必ずしも師の説に違ふとて勿憚りそ」と言つたのである。この教は國學の傳統となつたと見られるのである。かくて宣長も玉勝間の中に「吾に從ひて物學ばむ徒(とも)がらも我が後にまた好(よ)き考への出來たらむには、必ずわが説にな泥みそ。我があしき故をいひてよき考へを弘めよ。總て己が人を教ふるは、道を明かにせむとなれば、かにもかくにも道を明かにせむぞ、吾を用ふるには有ける。道を思はで徒に吾を尊まむは、吾が心に非ざるぞかし」と言ひ遺されたのである』(昭和十五年九月八日「國學と玉だすき」文部省教學局編纂)。確乎()及び確乎内は小生による。

 小生なりに解せば、「後々、私を超える考へを發見し得たならば、それを弘めよ。道は明らかにするもの。若し乘り越えることが出來たにも關はらず、師を敬する餘り私の考へに固執するといふことは、道に從ふものではない。それは私の教へに非ず」と、かういつたことである。

 我が日本の先覺者はなんと純粹に徹底して道に生き、そして死に。峻嚴として。稟たるものとして。而して大きく、深き見識、度量を御持ちであつたことだらう。そはまことに素晴らしく、而、美しい。何が素晴らしいかといふに、かうした、道と對峙するにある可き姿勢、規範を我ら後進に示してくれたことではないか。これがあつてこそ國學は發展をみたのである。國學の道統と、我ら運動家の道統は違ふ、といふ御意見も厶らうが、如何なる道にせよ、道に殉ぜんとする者の姿勢に大差は無きものと小生は思ふ。我々はかうした、やがて後進に乘り越えられてしまふ運命を諒とし喜びとする偉大なる先覺者に、充分な感謝の言葉を識らない。而、小生はこれを隣人、他者に押し付けんとするでなく、己れが只管ら乘り越えられる可き先輩の一人足るやう實直に道に生きんのみ而已矣。
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by sousiu | 2011-02-14 13:23 | 日々所感

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