やはり駄目男?と自問する朝にして。猛省。

 昨日から部屋の片付けを。
 さすがに今の状態で客人が來てしまつては面目が立たない。文字通り「肩身が狹い」思ひをさせてしまふからだ。

 人は小生の部屋を見てゴミの部屋と思ふ。ところが人の、ゴミに見えるものでも小生には寶であるのだ。
 使用濟みのダンボール、厚紙然り。これらは小生の神の手によつて封筒やら、DVDを籠める梱包材へと變身する。
 我れながら日々上達したもので、因みに小生の封筒作りは、一分前後もあれば作り上げてしまふ。DVDの梱包材は三分程度で作る。
 先日、愛倭塾の山口秀明先輩が、「よく作るよなア」と云つてくれたが、馴れてしまへば然程困難な作業ではない。

 斯うしたことを思ひたつた切つ掛けは、平澤次郎先生による。御指導を賜はり始めたころ、能く書翰の往復をさせていたゞいた。その賜はつた封筒は、再利用のもの。極端なものとしてはダンボールを葉書大に切つて送られて來たものもあつた。因みに今でも大切に保管してゐる。
 小生はこのやうな封筒や葉書を生まれて初めて受け取り、驚いたものだつた。噂に聽く、平澤先生は變人の意味がにはかに理解出來たことを覺えてゐる。

 小生は元來、エコの人である。自然崇拝者だ。廿歳のころからか、理由あつて目覺め、一人でも能くゴミ拾ひに時間を費やしたりもした。右翼團體に身を置いてからもそれは變はらず、おそらくこれまで一度でも小生の門戸を叩いた人で小生のエコを識らぬ者は無い筈である。

 斯くの如き小生が、ある時、平澤先生の眞似を始めた。
 平澤先生洪笑して曰く、「これも運動だ」と。
 エコのみならず、物を大切にする心を弘める一擧兩得にして。平澤先生の言葉は我が意を得たりとして今日まで切磋琢磨しつゝ續いてゐる。・・・とかういふ譯だ。
 俗に云ふ、「セコイ」と云はれるならば、それまでなのであるが・・・。汗顏。

 さういふ譯で、今日の片付けがいつの間にか梱包材作りとなつてしまつた。↓ ↓ 寫眞。
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 それにしても、これを作つた程度ぢや、全然部屋が片付いてないなア。今思へば、何故普通に片付けを續けなかつたのであるか・・・・。あ~眠・・・。
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by sousiu | 2011-03-07 06:58 | 日々所感

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