我が神聖を毫も疑ふことなかるべし

 靈妙なる哉、津波の猛威に呑み込まれながら、恰も別天地の如く飄然として殘れる神社のあるを御紹介申し上げた。三月廿八日記。

 今の度び又たしても、荒濱地區にて同樣の神社があるを、三森兄より拜聽した。
 荒濱地區は津波の被害頗る甚大ならんとしたところ。寫眞は湯殿山神社である。
 畫像を見る限り、この邊りは倒壞こそ免れたものゝ、津波によつて大量の海砂、破壞された建築資材などの押し寄せてきたことが判る。↓ ↓ ↓ ↓
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 今月號の「國民新聞」(第19163號)でも『大津波に負けず泰然と立つ鳥居。本殿も流出しなかつた(岩手縣大槌町の小鎚神社)』といふ説明を付して同樣の神社を紹介してゐる。↓ ↓ ↓ ↓
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 改めて識る。人智及ばざる、とは正しくこのことである。


 幾萬の生命を奪ひ、將た又た、ギネスワールドレコーズにも認定される「世界最深防波堤」をものともしなかつた彼の大浪怒濤も、古今萬古に通じて仰慕される我が神社の神聖の前にはその威力を失つた。
 恐ろしや。いやしくもその神聖を涜さむと、嘗て支那人が尖閣神社を破壞し、今猶ほ靖國神社に對して虎視眈々、冒涜と損壞を計企せん。
 彼れらに神罰の下る、その覿面たるや想像を超えるものあるは云ふまでもないが、彼れらの冒涜を看過默視する我れら日本人も相應の罰の下るを承知せねばならぬ。況んや自ら彼れらに阿る者に於てをや。
 謹む可し、恐るゝ可し。謹む可し、恐るゝ可し。
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by sousiu | 2011-04-18 20:24 | 日々所感

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