大正十二年 關東大震災  

 こゝに凡そ九十年前の關東大震災を記録した一册の本がある。
 重要なところを拔粹して掲載したいと考へたのだが、容易でないので、今朝は取り敢へず序文のみを寫すことゝする。


 この本は、大正十二年九月一日に突如襲來した關東大震災の一个月後に、『大日本雄辯會・講談社』より刊行された。
 以下に掲げたる文章は、當時の人たちの考へを讀み解く參考になると思ふ。時間があれば内容も紹介したいと思ふが、氣紛れな野生のこと。約束はしない方が野生の爲めだ。

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●三上參次氏、『大正大震災大火災』(大正十二年十月一日『大日本雄辯會・講談社』發行)序文に曰く、
『序
 今度の大震災に命を隕された幾萬の同胞に對して、先以て痛切なる哀悼の意を表し、又一種の犧牲となつて、難に殉ぜられた恩人として、深厚なる感謝の意を表したいと思ふのである。
 昔明暦の大災に、江戸市中が燒き盡された時と、今度の大災とは、暴風と地震との相違こそあれ、市中が焦土となり、幾萬の人が死亡したといふ其慘憺たる被害の状況は、彼此よく相似て居る。幾萬の無縁佛の爲めに、はじめて囘向院が兩國橋の東に建立せられたと同樣のことは、今度も定めて繰返されるであらう。さて、明暦の災に罹つた人が、其國許へ送つた書面には「近年大身の人々は勿論、私ども、又は下々の者まで、皆五十餘年の泰平に馴れて、浮薄に流れ驕奢に長じ、分に過ぎたる榮耀を事として居る。隨つて財寶足らざるが故に、自然に上は民百姓に貪り、下は互に相貪る。此度の大變は實に天罰である。天道よりまことに善き意見を受けたのである。就いては、人々翻然として積年の日を悔い改め萬づ眞の士風俗に復すことに一統努力するより外は無からう」といふ意味の記してあるものが少くない。
 今度の大變災以前の社會状態は、孰れの方面から觀ても、明暦の大火以前のそれと似て居る所が多い。今日も明暦の昔と同樣に、感慨無量、長大息する人が少くないことゝ思ふ。この手嚴しい意見、この峻烈なる天罰を、七千萬日本人の身代はりとして引受けられた幾萬の同胞に對して、深厚なる感謝の意を表したいといふのはこの意味に外ならないのである。滿天下の人、希くは、上に記した古人の心を心として深く天譴の恐れ愼むべきことを思ひ、進んでは禍を轉じて福と爲すことに努力せられよ。果して然ることを得るならば、幾萬の犧牲者の氣の毒なる最期も徒死とならないであらう。追善供養の爲めには新囘向院の刱立も必要であらうが、しかし人々が發憤努力して、明暦の災後に、立派な寛文の時代を出現したと同じやうに、立派な大正十二年以後の新時代を將來するならば、それこそ犧牲者にとつては、眞に萬劫不斷の供養であり、眞に永代不朽の祈念殿堂であるであらう
 この「大正大震災大火災」も、たゞ悲慘なる出來事の實際を知らざる各地方の人々に知らしむるに止まらず、又酸鼻なる説話を後世に傳ふるだけに止まらず。必ず、讀者をして古人の心を心とする機縁たらしめることが出來ると思ふのである。「禍福己れより求めざるはなし」とは昔からの教訓である。禍福の極地には、天事と人事との別は無い。よし別があるとしても、天事を察して之を人事に省みてこそ、智慧ある人であり、復活の氣象ある國民であるであらう』と。(太字は原文に隨ふ)



●露伴道人氏、序文に曰く、
『序
 災禍も慶福も皆到來すべき所以の理があつて到來するものである。今囘の大災禍も其地震は地殼の理學的理由によつて、或部分の陷沒と、或部分の隆起とを惹起したのである。火災は地震によつて起されたものであるが、此の方には大に平時の防火準備及び方法、訓練等に關する考慮の不足であつたことを見はして居て、若し今少し平時に於て深い考慮が費やされて居たなら、同じく災禍を受けるにしても、今少し災禍を縮小し得たらうと思はれる。地震の方も、一般家屋の建築が、今少し外觀の美を主とせずに、實際の耐力の有るものであつたなら、即ち虚飾を少くして實質を重んずる建築法が取られてゐたならば、同じ程度の震動を受くるにしても、今少し輕い程度の災害で濟んだことだらうと思はれる。市街の通路の廣狹、空地の按排等も、今少し好状態であつたら震災火災によりて惹起された慘事を今少し輕微になし得たであらうし、又水道にのみ頼る結果として、市中の井を強ひて廢滅せしめた淺慮や、混亂中を強ひて崇高な荷物を積載した車を押通して自己の利益のみを保護せんとした爲に愈々混亂を増大し、且其荷物に火を引いて避難地まで火にするに至つた沒義道な行爲や、さういふ類の事が少かつたなら、今少し災禍を減少し得たらうことは、分明である。して見れば天災とは云へ、又天災によりて惹起された免れ難い大禍とは云へ、吾人は吾人の内部にも、大災禍を釀し出す或理由を有つてゐたと認めて自ら省みねばならぬものがある。古の人は天災地異を以て不徳の致すところと感じ、今の人でも善良にして且反省的傾向を多く有する人は、災禍に遭遇すると、これは天譴では有るまいかと思ふに至るものである。此等は古風の無知識な宗教的感情であると貶し去るべきものでは無い。一方には深奧なる道徳的意義のある人情の發露であり、又一方には知識的にも論據を有する批評である。吾人は既に恐懼修省といふ語を前聖より教へられてゐる、何事も修省の工夫を用ゐたのが、吾人を進歩せしめ、吾人の災禍を少くし、吾人の慶福を大にする所以である。今この大震大火の記事の書は吾人の眼前に災禍の概觀を展開し、吾人をして災前の吾人よりも正しく且賢ざらずはある可からずとの感悟を得せしむるものと看取す可きである』と。(太字は小生による)
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by sousiu | 2011-05-06 08:28 | その他

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