玉匣 

●鈴屋本居宣長大人『玉くしげ』(天明七年)に曰く、
『さて世ノ中にあらゆる大小もろゝゝの事は、天地の間におのづからあることも、人の身のうへのことも、なすわざも、皆ことゞゝく神の御靈によりて、神の御はからひなるが、惣じて神には尊卑善惡邪正さまゞゝある故に、世ノ中の事も、吉事善事のみにはあらず。惡事凶事もまじりて、國の亂などもをりゝゝは起こり、世のため人のためにあしき(惡しき)事なども行はれ、又た人の禍福などの、正しく道理にあたらざることも多き、これらはみな惡き神の所爲なり惡神と申すは、かの 伊邪那岐大御神の御禊の時、豫美國の穢より成出たまへる禍津日神と申す神の御靈によりて、諸の邪なる事惡き事を行ふ神たちにして、さやうの神の盛に荒び給ふ時には、 皇神たちの御守護り御力にも及ばせ給はぬ事もあるは、これ神代よりの趣なり。さて正しき事善事のみはあらずして、かやうに邪なる事惡き事も必ずまじるは、これ又た然るべき根本の道理あり。これらの趣も皆、神代より定まりて、其の事古事記日本紀に見えたり』と。

○又た曰く、
『さてかの世ノ中にあしき事よこさまなる事もあるは、みな惡き神の所爲なりといふことを、外國にはえしらずして人の禍福などの、道理にあたらぬ事あるをも、或はみな因果報應と説きなし、あるひはこれを天命天道といひてすますなり。しかれども因果 報應の説は、上に申せるごとく、都合よきやうに作りたる物なれば、論ずるに及ばず。また天命天道といふは、唐土の上古に、かの湯武などの類なる者の、君を滅して其の國を奪ひ取る、大逆の罪のいひのがれと、道理のすまざる事を、強てすましおかんためとの託言なりと知るべし。もし實に天の命天の道ならば、何事もみな、かならず正しく道理のまゝにこそ有るべきに、道理にあたらざる事おほきは、いかにぞや。畢竟これらもみな、神代のまことの古傳説なきが故に、さまゞゝとよきやうに造りまうけたる物なり』と。

○更らに曰く、
然れども惡はつひに善に勝つことあたはざる。神代の道理、又たかの神勅の大本動くべからざるが故に、さやうの逆臣の家は、つひにみな滅び亡て、跡なくなりて、天下は又たしも、めでたく治平の御代に立ちかへり、朝廷は嚴然として、動かせたまふことなし。これ豈に人力のよくすべきところならんや。又た外國のよく及ぶところならんや』と。

○又た曰く、
『然るに 皇國の朝廷は、天地の限をとこしなへに照しまします、 天照大御神の御皇統にして、すなはちその 大御神の神勅によりて、定まらせたまへるところなれば、萬々代の末の世といへども、日月の天にましますかぎり、天地のかはらざるかぎりは、いづくまでもこれを大君主と戴き奉りて、畏み敬ひ奉らでは、 天照大御神の大御心にかなひがたく、この 大御神の大御心に背き奉りては、一日片時も立ことあたはざればなり。然るに中ごろ、此ノ道にそむきて、朝廷を輕しめ奉りし者も、しばらくは子孫まで榮えおごりしこともありしは、たゞ、かの禍津日神の禍事にこそ有リけれ。いかでか是を正しき規範とはすべき。然るを世ノ人は、此大本の道理、まことの道の旨をしらずして、儒者など小智をふるひて、みだりに世々の得失を議し、すべてたゞ異國の惡風俗の道の趣を規矩として、或はかの逆臣たりし北條が政などをしも、正道なるやうに論ずるなどは、みな根本の所たがひたれば、いかほど正論の如く聞えても、畢竟まことの道にはかなはざることなり下々の者は、たとひ此大本を取り違へても、其の身一分ぎりの失なるを、かりにも一國一郡をも領じたまふ君、又たその國政を執ん人などは、道の大本をよく心得居給はではかなはぬことなり。されば末々の細事のためにこそ、唐土の書をも随分に學びて、便によりて其のかたをもまじへ用ひ給はめ、道の大本の所に至りては、上件のおもむきを、常々よく執へ持て、これを失ひ給ふまじき御事なり。惣じて國の治まると亂るゝとは、下の上を敬ひ畏るゝと、然らざるとにあることにて、上たる人、其ノ上を厚く敬ひ畏れ給へば、下たる者も、又つぎつぎに其ノ上たる人を、厚く敬ひ畏れて、國はおのづからよく治まることなり

○又た曰く、(この邊が重要だ)
『さて又上に申せるごとく世ノ中のありさまは、萬事みな善惡の神の御所爲なれば、よくなるもあしくなるも、極意のところは、人力の及ぶことに非ず。神の御はからひのごとくにならでは、なりゆかぬ物なれば、此の根本のところをよく心得居給ひて、たとひ少々國のためにあしきことゝても、有り來りて改めがたからん事をば、俄にこれを除き改めんとはしたまふまじきなり。改めがたきを、強て急に直さんとすれば、神の御所爲に逆ひて、返て爲損(しそん)ずる事もある物ぞかし。すべて世には、惡事凶事も、必ずまじらではえあらぬ 、神代の深き道理あることなれば、とにかくに、十分善事吉事ばかりの世ノ中になす事は、かなひがたきわざと知るべし。然るを儒の道などは、隅から隅まで掃ひ清めたるごとくに、世ノ中を善事ばかりになさんとする教へにて、とてもかなはぬ強事(しひごと)なりさればこそ、かの聖人といはれし人々の世とても、其の國中に、絶て惡事凶事なきことは、あたはざりしにあらずや。又人の智慧は、いかほどかしこくても限ありて、測り識りがたきところは、測り識ことあたはざるものなれば、善しと思ひて爲ることも、實には惡く、惡しゝと思ひて禁ずる事も、實には然らず。或は今善き事も、ゆくゝゝのためにあしく、今惡き事も、後のために善き道理などもあるを、人はえしらぬことも有リて、すべて人の料簡にはおよびがたき事おほければ、とにかくに世ノ中の事は、神の御はからひならでは、かなはぬものなり』と。


 ・・・う~む。さすがに深いなア・・・。時局對策協議會に關はる野生としては何とも考へさせられる一節である。
 良き事も惡ろき事も人智の及ばぬ神の御所爲であり、更らには、惡事も凶事も後々善事となることもあり。こゝまでは分かる。
 但し、
 「神代の深き道理あることなれば、とにかくに、十分善事吉事ばかりの世ノ中になす事は、かなひがたきわざと知るべし」
 「すべて人の料簡にはおよびがたき事おほければ、とにかくに世ノ中の事は、神の御はからひならでは、かなはぬものなり」
 と仰るならば、至善を望み、欲し、爲めに微力を捧げることは愚かであるといふことなのだらうか・・・。


○本居宣長大人、この愚問に御答へ下さる可く曰く、
然らば何事もたゞ、神の御はからひにうちまかせて、よくもあしくもなりゆくまゝに打ち捨ておきて、人はすこしもこれをいろふまじき(構はないでおく、の意)にや、と思ふ人もあらんか。これ又た大なるひがことなり人も、人の行ふべきかぎりをば、行ふが人の道にして、そのうへに、其事の成ると成らざるとは、人の力に及ばざるところぞ、といふことを心得居て、強たる事をば行ふまじきなり。然るにその行ふべきたけをも行はずして、たゞなりゆくまゝに打ち捨ておくは、人の道にそむけり。此の事は、神代に定まりたる旨あり、 大國主命、此の天下を 皇孫尊に避奉り、 天神の勅命に歸順したてまつり給へるとき、 天照大御神 高皇産靈大神の仰せにて、御約束の事あり、その御約束に、今よりして、世ノ中の顯事は、 皇孫尊これを所知看すべし。 大國主命は、幽事を所知(しらず)べしと有リて、これ萬世不易の御定めなり。幽事とは、天下の治亂吉凶、人の禍福など其の外にも、すべて何者のすることゝあらはにはしれずして、冥に神のなしたまふ御所爲をいひ、顯事とは、世ノ人の行ふ事業にして、いはゆる人事なれば、 皇孫尊の御上の顯事は、即ち天下を治めさせ給ふ御政なり。かくて此の御契約に、天下の政も何も、皆たゞ幽事に任すべしとは定め給はずして、顯事は、 皇孫尊しろしめすべしと有るからは、その顯事の御行ひなくてはかなはず。又た 皇孫尊の、天下を治めさせ給ふ、顯事の御政あるからは、今時これを分預かり給へる、一國々々の顯事の政も、又なくてはかなふべからず。これ人もその身分々々に、かならず行ふべきほどの事をば行はでかなはぬ道理の根本なり』と。

○又た曰く、
『惣じて世ノ中の事は、神の御靈にあらではかなはぬ物なれば、明くれ其の御德(めぐみ)をわすれず、天下國家のためにも、面々の身のためにも、もろゝゝの神を祭るは、肝要のわざなり善神を祭りて福を祈るはもとよりのこと、又た禍をまぬかれんために、荒ぶる神をまつり和すも、古ヘの道なり。然るを人の吉凶禍福は、面々の心の邪正、行ひの善惡によることなるを、神に祈るは愚なり神何ぞこれをきかんとやうにいふは、儒者の常の論なれども、かやうに己が理窟をたのみたてゝ、神事をおろそかにするは、例のなまさかしき唐戎の見識にして、これ神には邪神も有リて、よこさまなる禍のある道理を知らざる故のひがことなり』と。(句讀點、送り假名は小生による改變アリ)



 ・・・つまり難局を打開せんとすれば、かういふこゝろを忘れてはならないのだ。かういふ心とは大和心だ。
 この視點を失つてしまつては(唐心で時局を睨んでは)、時局を論ずるも、對策を評議するも、果てなき堂々巡りを繰り返すのみにして。畢竟、(唐國であれば兎も角も)神州に於ては何もならぬのであるな。
 皮肉を云へば、(支那)儒教の思考を抱いて、(日本的)儒教を駄目と云はゞ、それは如何樣に考へても復古に撞著せず、それこそ一體いづ國の民だか身元が分からなくなつてしまふのである。


 『玉匣』は本卷と別卷とがある。本卷は『祕本 玉くしげ』で知られ、政治の具體策を講じた實踐篇。別卷である所謂る『玉くしげ』はその理念篇である。やうやく昨日、實家で讀了したのである。
 こゝに抄録したことは勿論『玉くしげ』の第一義ではない。されど、我らが云ふ所謂る啓蒙運動の根本義を更らに深化させる一考となるであらうと確信して疑はない。
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 それにしても。『玉くしげ』の上梓は實に二百年以上も前である。
 二百年以上經過して猶ほ、かくのごとき光を失はず、のみならず煌々と輝き、二百年後の我々をして贊嘆擱く能はぬ學問とは奈何。歴史を持たない現在の共産支那が日本を決して越えられぬ理由が、これひとつをして正に物語つてをるやうなものではないか。
 今はまだ少しその段階でないかも知れないが、將來的に必ず、かうした學問、思想、そして人物が期せずして出現し、國内に正氣を風靡することであらう。實に樂しみだ。




 ・・・・今日の更新は疲れた(汗)
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by sousiu | 2011-06-16 18:07 | 先哲寶文

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