自己維新の研磨に。

 昨日は、阿形充規翁のもとへ。
 深夜の一時過ぎまで、事務所でさまゞゝ御教示を賜はつた次第である。
 翁も御自分の長い運動の御經驗から、こと現在の時代の趨勢を鑑み、今後の在り方は、先づ、自身が變はらねばならぬことを力説してをられた。

 はからずも先日、西日本地區で小生が仰慕する、日本皇民党の大島竜珉党主より御電話を賜はる。
 大島先生曰く、『日本も大變な時代が來たな。我々今後は更らに眞劍にならなあかんで』と。

 兩先生の仰る、本道に其のとほりである。まことに我々自身の小さからぬ問題なのだ。
 それゞゝ人、一身に時代を背負ふの氣概が無ければならない。
 おのれ、啻に抗議や不平に口を揃へて、他力本願乃至は現在の政治家に期待を託しても、一向に實の結び難きは明々白々である。

 幕末。志ある士は、かくいふ氣概に漲り、東奔西走、或いは家を捨て、一心不亂國事に奔走した。
 この奔走に日を過ごしたる有志は、全てとは云はぬが中央政權の住民ではない。諸藩の有志達である。
 その藩を背景とした有志すら、自藩を背景とするに至るまでには心血を注がざる可からざる御勞苦があつた。南洲翁の決して順風満帆ならざる青年期は餘りにも有名なので割愛するが、贈正四位、武市瑞山先生の土佐勤王黨をみよ。
 贈従一位勲一等、大久保甲東先生然り、早くに時代を背負ふの氣概逞しくあり。甲東先生の晩年唯一の圍碁癖は、元々島津久光公に近付かんとして學んだものであつた。その周到を思ふ可し。わづかの好機をも見逃さず、久光公が手にする書籍に前以て、こつそり自身の認めた建白書を挾んだことから奇縁は結ばれた。因みにその書籍は平田篤胤先生の『古史傳』だ。
 贈正四位、清河八郎先生はその背景となる可き藩を持たなかつた。いや、持てなかつたのだ。脱藩の身のうへに、御尋ね者である。逃亡生活にあつて、日々苦慮苦悶。つひに幕府そのものを騙して浪士組を結成、京都へ登つて尊皇攘夷の建白書を 朝廷に奉つたのである。

 今日は幕末の志士を紹介することが本意ではない。
 されど、心有る日本人は先達のさうした氣概と姿勢を以て今後の時勢を睨む必要がある。

 兩先生から賜はつた訓言は、則ち野生の箴言だ。
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by sousiu | 2011-06-22 22:41 | 日々所感

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