怪談 

 元祿十一年刊行、林道春の『怪談全書』を一讀。

 「怪談」と云うてもこの季節の名物男・稲川淳二の「怪談」でなく、支那の傳承や神話といつた類ひのものである。
 林道春とは、即はち、林羅山のこと。羅山が支那の古典やら史書やらを翻譯し、啓蒙の爲めにこれを弘めたもの。
 備中處士樣から「そんなもの讀むな」と痛棒を喰らはされさうであるが、彼の國の傳承がどのやうなものか興味本位で一讀してみたものであるからして、許してくれるであらうと思ふ。汗。
f0226095_055324.jpg


 さて。讀後の感想であるが、彼の國では王や宰相に纏はるものが頗る多い。 
 尤も、皇帝だか馬賊匪賊の頭目だか分からぬやうな、霸權主義・放伐思想で塗り固められた支那の因果な歴史では、少々と云はず多少の虚飾を必要としなければならないのであらう。
 春秋時代、齊國の崔杼(サイチヨ)は己れの主君光を弑し國の實權を掌握。それを急病で逝去したことにしようと史書の改竄を企て太史(歴史を記述編纂する彼の國の史官)に命令。これを拒んだ太史兄弟を殺したことは有名だ。支那ではこのやうな重大事の隱蔽や歴史の創作も、時の權力者の特權となる。而して崔杼はひとりならず。斯くなる例は決して稀な例ではない。
 とはいへ虚構や創作、餘りにもといへば餘りにも。神代の古ではなく、人代に於いて、死して蘇つた者が王となつたり、釜戸の前で火を焚き耕作もする犬の飼ひ主が高官となつたり(韋叔堅)。美化するにせよ權威を持たせるにしても神格化するにせよ、凄過ぎる。
 果してこれら傳承を神話としたのであるか、奇談としたのであるか單なる昔噺としてゐたのか未だ研究不足でなんともいへぬが、神代より一貫して今日の歴史をいだく日本と全然異なることは明瞭だ。
 一部を以下に記したい。



●『怪談全書』卷の一、「望帝」項に曰く、
『鼈令(ベツレイ)と云ふもの荊國の人なり。死して其の屍ながれて江水にうかび。又、人となりて蜀の國へゆく。蜀の王、望帝にまみゆ。直(たゞの)人にあらざれば、望帝、位をゆづりて。鼈令を宰相として。やがて王として望帝のがれゆく。死後に化して鳥となる。其名を杜宇(トウ ※ホトヽギスの意)とし、又、杜鵑と號す。以下云々、略』(句讀點、括弧内は小生による。原文マヽ)

 ゆゑにほとゝぎすが子を生むと、蜀王の魂として、諸鳥は敬ひ憐れみ、育てるのだとか。



●「伍子胥」項に曰く、
『伍子胥は呉王夫差(フサ)の臣也。呉越合戰ありて越王をいけどる。越王の臣、范蠡(ハンレイ)さまゞゝの謀をめぐらしければ、呉王つゐに越王をゆるす。伍子胥諫むれどもきかず、越王、本國に歸り、西施(サイシ)と云ふ美女をすゝむ。呉王是を愛して政(まつりごと)をこたれば。伍子胥又いさむ。呉王きかずして、いよゝゝまどいて醉へるが如し。伍子胥しきりにいさむ。呉王いかりて伍子胥を殺し、■(蟲喰ひにて不讀)夷と云ふ皮ぶくろに入れて水にしづむ。其靈、果して水神となる。其しづめらるゝ處は錢塘(セントウ)と云ふ江にして。毎年八月大なる潮のさす所なり。其時伍子胥、形をあらはし、白馬(シロキウマ)素車(シロキクルマ)にのりて。水上にうかび出、これを見るもの皆おどろかずと云ふことなし。伍子胥出れば潮、甚だ急になみたかふして。堤をやぶり岸をくづすこと多し。これによりて伍子胥を英烈君と號(ナヅケ)て祭なり。其岸の上に廟を立つ。伍子胥死て後、越より終に呉をほろぼす』と。(仝)
f0226095_003848.jpg

 伍子胥に就いては多少、文獻を讀んだことがあるが、死して後、水神となつて現れてゐたのか・・・。
 支那らしい話しと云へば支那らしくあるのだが、日本の忠臣とはやはり大きく違ふ。野生は磯部浅一流の志操や言動を好まない。



●「偃王(ヱンワウ)」項に曰く、
『徐國の王の宮女懷妊して卵(カイコ)を生めり。これをあやしみ不吉なりとして水邊に捨つ。一人の老母あり。其家に犬あり、犬の名を鵠倉(コクソウ)と云ふ。水邊に出て彼卵をくわへ來て。老母に示す。老母きどく(「氣の毒」の意乎)のことなりと思て。あたゝめければ、卵ひらひて小兒あり。まさしく偃せり、骨なくしてうつぶせるゆへに。偃(エン)と名く。徐國の君これを聞て。これを呼でそだて養ふ。成人して智惠あり慈悲の心あり。徐國の君、位を讓て政を行しむ。即ち偃王と名く。~云々』(仝)

 この偃王が入つてゐた卵を拾つた犬の鵠倉が病死するとき、鵠倉は角が生えて九つの尾があり、龍の化身であつたことが分かつた、と。
 かうした不具の子を川に流す話しは、記紀にみられる水蛭子を連想させる。野生は岩波書店の本は殆ど讀まないが、支那崇拜の岩波史觀の人からすれば、何でもかんでも記紀を、支那の神話・傳説の類ひから引用した、といふであらう。しかし野生に云はしむれば逆で、若しも兩國に共通する話しがあるのであれば、それはむしろ支那が日本の神話を模倣したと思ふ可きである。


 ・・・かうした因果關係に就ても今後勉強する餘地があるな。
[PR]

by sousiu | 2011-07-06 23:46 | その他

<< 道の深奥なるを識る。   相次ぐ訃報   >>