道の深奥なるを識る。  

 昨日は時對協の定例會があり出席。
 參加者が多く、室内は留置所の如き狹さであつた。
 遲刻した小生、籍、いや席すら既に無いと思うたのであるが、どうにかあつた。
 この日は、洗心會の島田・小林兩兄が初登場。さすが國信氏の門をくゞつてゐるだけあつて、初參加であるのに臆することなく、發言も堂々たるものであつた。

 兩兄の歡迎會を名目にした二次會に參加。
 木川選手と靈的國防について意見交換。
 最近、小生も關心をもつて勉強してゐるものだ。↓↓↓參考↓↓↓
 ■靈的國防の本義 拾遺  http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/l50

 以前、九段塾の管理者である備中處士樣から數册の教本を賜はつたことがある。内容が六カ敷くあつて、なかゝゝ吸收しきれなかつたが、こゝへきて、大切重要であることに氣が付いた。目下、研學の日々を送つてゐる。先進のスヽメには留意すべきものがある。

 靈的なものに關して、輕々しくネツトで引用す可きでない旨、嚴重なる御忠告を賜はつたことがある。御忠告はかたときも忘れず。尤も未熟にして、抄出するだけの眼力も見識もないのであるが、先日拜讀した典籍の中から差し支へなきものと存して、謹んで拜記したい。

 河野至道大人、『神仙の存在に就て』(昭和十三年六月廿五日「神道天行居」發行)「眞■(言+告=こく)」に曰く、
神は太陽の如くにして精は太陰の如し。元と精は陰なりと雖も神を纏ふ。故に神の光を受けて倶に陽氣あり。此の陽氣より又た陰陽生ず。人間のみにはあらず萬物これに均し。此の神精を見んと欲せば卵を割て見よ。黄赤なるは神、自身は精也。併し是れも割ては死となる。故に誠の神精にはあらず。誠を見んと欲せば割らずして見るべしと云ふ。然るに割らずして見ること得がたし。其訣(そのわけ)はと問へば、見ること得がたしと思ふ筈也。併し卵を割らず見る眼なくば誠の敬神とは謂ひがたしと云ふ。尤も余は未だ修行中の事ゆえ誠の敬神には至り申すまじく、去りながら此節にては御講義も絶えず聽聞、又た神を敬することは旦(あした)に醒めて夕に臥するまで忘るゝこと無し。それにても誠の敬神にあるまじくやと答ふれば、その旦に醒め夕に臥すまでの敬神は人竝の敬神なり。夕に臥して旦に醒めるまでの間も夢に敬神を見よ、此修行至るに及んでは己が寢姿迄も夢にて知る。又た時々刻々魂の居所替らんとするを知る。是れを知て己が腹中の世界を知る。此世界にも住み給ふ神あり。日月星の世界に住み給ふ神のみには非ず、己が身中にまで神住ませ給ふ事を悟るべし。依つて神精を見るには卵を割らずして見よとは此譯也。己が腹は割り難し、たとひ割て見るとも死したる屍には魂なし、故に生きたる身中を見て知るべし。魂は神精一つなりと雖も精化して神となる』と。

 固よりわからないことだらけであるが、最近は迚も充實してゐる。
 輕薄に聞こえるかも知れないが、識る、といふことは實に樂しいことだ。上手に云へないが、この場合の「識る」とは「知る」のはうではない。
 道の深さを識らされる毎日である。
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by sousiu | 2011-07-08 04:25 | 日々所感

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