猶存社  

 昨日は藤澤市の舊友諸兄と久々に歡談。
 終はり夜に實家へ行き、母の世話をしてそのまゝ泊まつた。

 さて深夜。猶存社の鹿島政晴さんより電話あり。鹿島さんは青年思想研究会の副議長も努める陣營の大先輩だ。
 知る人ぞ知る、深夜の鹿島さんの電話は出るな、と。それには理由がある。平澤次郎翁に輪を掛けた酒飮みで、一度電話に應じたが最後、絡まれてなかゝゝ電話が切れない。酒客といふほど大人しいものではなく、酒仙といふほど風流でもない。いづれにせよ、呑んだら始末に負へない先輩だ。
 着信履歴が殘つてたもので、うつかり電話を掛け、鹿島さんへの呼び出し音を聽きながら、上記の事實を思ひ出したのだ。
 因みに小生は、以前、醉つた鹿島さんから、電話で一時間半も謂はれなき御説教をいたゞいたことがある。

 だが珍しいこともあるもので、電話の鹿島さんは醉つてはゐなかつた。
 「ブログ見てゐるよ」と。次いで、國難を迎へて今日の日本についての御話しであつた。時代の變革を感じ、今後何をす可きか眞劍に考へる必要がある、と。
 酒の切れた鹿島さんからは學ぶところがある。
 思ひ返せば、鹿島さんは若かりし頃、横須賀のミツドウヱイ入港に際して抗議文と刃物を持參し市長に面會。まだ若き田丸美寿々女史による横須賀市長のインタビユーに亂入し、テレビカメラの眼前で堂々、民族の良心を訴へ現行犯逮捕された。以前は繰り返へしその緊迫した始終の樣子がテレビで放映されたものだ。


 ところで猶存社といへば、尠からず小生の興味を引いて已まない大川周明博士が中心となつて設立された團體だ。
 博士の著述は多く、『國史概論』『日本的言行』『大東亞秩序建設』『日本精神研究』『米英東亞侵略史』『日本及日本人之道』『亞細亞建設者』等々、小生も以前、すゝんで拜讀した。まだ讀んでゐないのが、大川周明博士の『清河八郎』。如何しても讀みたいのだが、殘念ながら未だ入手出來ない。

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 民族や、國家を思ふ時、小生にとつて印象深い一節がある。
 ●大川周明博士『國史概論』(昭和四年十一月廿日「文録社」發行)序に曰く、
 『國家主義・國民主義を奉ずる者に對して挑まるゝ議論は、常に下の如きものである。曰く「人は第一に人間であらねばならぬ、人間たるの根本が立つて、初めて國民たることも出來る。それ故に日本國又は日本人といふことに固執するのは、決して眞個の人間となる所以ではない」と。此の主張は、一見甚だ道理あるが如く見えて、實は抽象的斷見に陷れるものである。試みに問ふ、いづれの處にか櫻に非ず、梅に非ず、牡丹に非ざる「花」があるか。花は一個の理念としては存在する。而も此の理念は、必ずや櫻・桃・梅・菊等の特殊の花として咲き出づることによつて、初めて實在となるのである。それ故に梅花は、梅花として咲く以外に、決してたることが出來ない。梅花として咲くことによつて、の理念が初めて實現せられ、花の花たる所以が發揮される。こは正しく人間の場合に於ても同然である
 拒むべきもなき事實として、一切の人間は必ず孰れかの國家又は民族の一員として生れて來る。日本人に非ず、支那人に非ず、米國人にも非ざる「人間」は、實在としては決して存在しない。そは唯だ一個の理念として存在するだけであり、而して此の理念は必ず民族又は國民として實現される。故に日本人は日本人として、米國人は米國人として、それゞゝの面目を發揮することが、取りも直さず人間の面目を發揮することゝなる。從つて眞個の國民となりてこそ、初めて眞個の人間となり得る道理である。吾等日本國に生れたる者は、第一に日本人であらねばならぬ』と。(太字は原文マヽ。赤字は小生による)

又た、
●猶存社、鹿島政晴先生曰く、『河原お前、酒も飮めなくて何が右翼だ。バカヤラウ』と。
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by sousiu | 2011-07-14 19:54 | 日々所感

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