批判の時代は終はつたんぢやない?と思つてみた。 

 一昨日深夜の鹿島さんとの會話で思つたことがある。
 ・・・唐突な書き出しで申し譯ないが、まア、日乘なので、勝手氣儘な振る舞ひも惡しからず・・・

 東北地方の復興が遲々として捗らないことは罹災地の方々は固より、純粹に義援金を投じた人も、又たは遠くより見守つてゐる人、結局は全國民の憤りを覺えるところだ。
 放射能汚染もさうだ。最早隱し難きものが出る可くして徐々に露見され續けてゐるのか、或いは實際に被害が擴散し止む能はぬのか、若しくはその兩方かはわからぬが、日毎に被害は顯はとなり、而、甚大となり。食生活は地域の別なく脅され始めた。食糧に對する不審は全國平等となりつゝある。いや、野生はこれに不平を申す積りは更々無い。かの大變を東北地方のみとす可きでなく、國家國民の共有す可きものと考へる點から云へば、これに不平を云ふこゝろは毛頭ない。國内隈なく大難に見舞はれてこそ大難であり、維新の氣運はこれを以てして上昇するのだ。
 ともかく、これ以上、食糧、水、大氣の汚染が擴散されれば、正に現代は安政とダブらせて看ることが出來る。
 安政は、二年に江戸大地震が出來した。
 次いで安政五年、虎列刺病(コレラ、當時はコロリと云つた)が大流行。江戸だけで十萬人の犧牲者を出したと云はれる。まさしく地域の別なき點に於ては、平成の放射能汚染擴大は安政の虎列刺病大流行みたいなもんだ。安政は、嘉永六年の彼理(ペルリ)襲來、即はち外患を引き連りつゝ、まさしく國難に次ぐ國難の連續であつた。


 閑話休題。鹿島さんとの會話で思つたことはこゝからだ。
 かうした現在、國民の不滿や不平、不安はひとしほ募つて當然だ。だが、政府や東電に批判を何萬語ブツけてみても、現實的に復興が成されるわけではない。放射能汚染が物理的に寸毫も息むわけではない。餘りにも大難の度合ひが巨大過ぎて、そして複雜過ぎて、批判で世直しをしようにも、それは恰も波濤に向かつて砂丘を築くかの如くあるのだ。
 つまり、批判のみを繰り返してゐても、全くと斷言せざるまでも、凡そ結果には繋がらない時代であるといふことだ。
 尤も現実的に看ても、既に我が國の危機的状況は、批判で如何斯う成る段階では無い。この場合ひの「危機的状況」とは被災地に限定した狹義ではなく、日本全體を指して云うてゐるのである。勿論、自虐に就ても同じ事が云へる。自虐を繰り返してみても、復興は成されないし放射能漏れは止まらない。而して我が國の危機的状況は自虐すれば如何斯う成る問題では無い。

 破壞は建設を生む。いや、破壞の後には建設が生まれなければならぬのだ。希望的破壞は後に建設あつてこそ然る可きだ。建設の豫定も實行もなき破壞は、つまり絶望的破壞だ。
 而、今の度びの天災は人災を伴ひつゝ大なる破壞の役目を擔當した。さらば批判と云ふものに「砂漠に水」「糠に釘」とまでは云はんまでも、無力感や疑問視の生ずるは、寧ろ、當然の歸結と云ふ可きではあるまいか。斯うした無力感とまでは云へないまでも、飽和に近しい氣分が蔓延されると、次に俟たれる可きは次代へ引率する力強く逞しき救世主の出現である。日本で云ふ救世主とは他でもない、純乎たる勤皇家のことである。
 結論を云へば批判の時代は終はつた。三月十二日以降は建設の時代である。・・・と斯う考へてみた。

 では建設とはナニか。我々は復古維新を指して云ふのである。つまりこれを更らに具體化し、それだけではなく、實行化してゆかねばならぬ。それに就ては野生の場合ひ、恥づかしながらまだゝゞ學究す可き餘地が相當にある。
 鹿島さんとの會話で氣付いたことだ。早速このやうなことをつらゝゝ記して、野生にとつて頭痛の種たる「芳論新報」の原稿を今終へたところ。苦笑。

 おやすみなさい。


※追記・確認したところ、安政五年のコロリの犧牲者數が間違つてをりましたので訂正致しました。九時五十四分以前に御高覽くださいました人へ、御笑恕あらむことを。
[PR]

by sousiu | 2011-07-15 08:28 | 日々所感

<< 兎ぢやなかつたよ   猶存社   >>