先輩  

 嘗て、神奈川縣の尊皇家に瀬野壽夫といふ、野生の好きな先輩があつた。
 平成十五年四月廿八日、憂國の至上と共に、自決された。
 瀬野先輩は瑞穗塾の塾長代行を長年務め、同塾々長・伊藤満先輩と神奈川縣右翼陣營の矜持を貫きとほした。今はなき相原修兄を尊皇運動に導いたのも、やはりこの兩先輩だつた。

 ↓↓↓◎◎平田篤胤大人顯彰者・相原修神主◎◎
 http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t24/l50

 瀬野先輩との思ひ出は多々ある。年月が悲しみを和らげてくれて、思ひ出すのは樂しいことが多い。
 ん?いや、・・・さうばかりでもない。
 確かに瀬野先輩は酒の入つてゐない時は大變良い先輩だつた。
 だが、酒が入ると、困つた御人となる。謂はれなき御説教が多いのだ。翌日、瀬野先輩に前夜の一方的で長かつた小言について尋ねると、『覺えがない』と云ひ、大笑ひして濟ませてしまふ。全國の我が陣營にはさうした人も多からうが、瀬野先輩も、我が神奈川陣營のその一人であつた。

 本日、神奈川有志の會懇親會が横濱市内の某所で行はれた。
 相變はらず活溌であつた。
 ところで今日は大行社の木川智君が初登場。若しや木川君、伊藤先輩が御人好しであると勘違ひしてゐるかも知れない。野生も道の先輩として伊藤先輩の背中を見てきた積もりだが、御人好しかと云へばそれは又た別の話し。
 たとひ先輩の若かりしころと雖も、相原兄は鐵拳制裁を喰らつてゐたし、野生も御説教の側杖を喰つたことは數へきれない。
 木川君にそれを豫め注意せんと忠告するに、先輩の曰く、『覺えがない』と。恰も時效と云はむばかりだ。伊藤アンド瀬野兩先輩が神奈川の因業右翼として人に其の名が識られる譯は他でもない、この鐵面皮に覆はれてゐるがゆゑである。
f0226095_5273624.jpg

[PR]

by sousiu | 2011-07-27 05:27 | 報告

<< 甚だ御無沙汰致居候。   北朝鮮抑留記   >>