追ひ付き、追ひ越せ  

 弊社の日乘?家頁?の更新が大幅に遲れてゐる。何が何だか分からなくなつてきてゐるので、先月始めに、阿形充規先生に御誘ひいたゞいた旅行までを一氣に更新した。「追ひ付き、追ひ越せ」と云うても日乘で「追ひ越す」ことはないのだけれどもね。
http://douketusya.exblog.jp/

 知る人ぞ知る、阿形先生の脚力と云はんよりも體力は桁外れである。
 先月の四日に行なはれた「大東亞聖戰祭」に參加する爲め、前日には金澤入りしてゐるので實際は二泊三日となるのだが、三日間歩き通しである。若手、・・・でもないが、野生共は足が棒のやうになつてゐるにも關はらず、先生はまるで疲れた御樣子もない。山川君なぞ、五瓩くらゐ痩せたのではないかと思うたが、かうして三日を前後して寫眞を見比べると何ら細くなつてゐないので、それは野生の氣のせゐだつた。
 此度びの旅行に限つたことでなく、先生は毎囘さうである。
 先生はおん年七十を越えられてゐる。これほどまでの違ひは何であるのか。先生は煙草も酒もなさらないので、それも理由のひとつに擧げられやうが、それ丈ではあるまい。氣力なのではないか。今でも腕立て伏せを五十囘されるといふ體力と氣力は凄じい。さう云へば、挌鬪技の試合などを見てゐると、氣力が體力を凌駕し試合が一變することも珍しくない。氣力が萎えると體力は衰へ、氣力が漲ると體力は維持されるといふことか。國民精神が廢れると國家が衰退することに似てゐるな。

 では、氣力はどのやうにして養はれるのか・・・。
 二日目の夜には既にクタヽヽとなり、口數の少くなつてしまつた山川君や野生に聽いてもそれは徒勞に終はる。いゝ加減な返答をする丈だからだ。


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 ↑↑寫眞。最終日の最後に立ち寄つた諏訪湖にて。目代直人兄と野生に比べて、先生は御元氣そのものである。
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by sousiu | 2011-09-02 17:18 | 日々所感

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