ことたま  

 面白い本を讀んだ。小寺小次郎氏著「言靈研究入門」(平成十年「八幡書店」發行)といつて、昭和十八年、「文淵閣」より發行された改訂復刻本である。一部、首肯し難い部分もあつたが、押し竝べて、最後まで面白く讀めた。
 言靈に就ては以前から興味を持つてゐるが、奧が深くて、理解に難儀してゐる。最近では、神代文字に就ても興味が盡きない。


 小寺氏は、
言靈と言語、即ち言葉とは異ふ。勿論言語にも生きた靈はあるが、語源又は言語學とか或は字義等によつて言靈が解けると云ふものではない。云ふまでもなく文字學や言語學は科學と云はれる方に屬し、言靈學は思想哲學である。其の神靈を科學的に究めようとするのには、言語とか文字とかを皆一體として總體的に綜合的に究めなければならぬのであつて、部分的の研究でなく、廣いものからそれを段々縮めて一元に歸納してこそ漸くにして初めて解るのである』と説明し、その別を以下の如くに分ける。

●小寺氏『言靈研究入門』、「言靈の初發」項に曰く、
『言靈は魂の聲であつて、言葉は精神、即ち心の作用で發するもの、言ひ換へれば經驗によつて發する聲と云ふことになる。
(1)人が生れて最初に擧げる聲はウアヽヽ、其の音を續けて繰り返すからウオアウオア或はオギヤヽヽヽと響く、これは自然に發する魂の聲である。
(2)眠つてゐながら發する音、寢言の中には自然の聲もあるが、然し多くは經驗の心から出るもので、自然の聲は稀でしかない。これは夢の類の中で、俗に正夢と云ふ。夢心地の場合は自然の音を發し、一種の神憑状態と同樣なのである
(3)神憑状態になつた場合は自然の音が出る。然し神憑を以て營業的に、故意に神憑をやる人々の神憑は、云ふまでもなく自然の神音ではない。己れの經驗から出る普通の言葉であつて、甚だしい場合は嘘言である
(4)手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ歡喜に踊り出る、ワー(和)オー(嶇)の聲や、悲嘆の極に發するアー(嗚呼)ヒアー(悲)などは自然の音であらう。
(5)神前に叩頭して天壤無窮を奉唱し、武運長久を祈り、或は父母妻子の死活に直面して心より發する祈願の言葉は自然の音であるが、迷信的に又は利己的に功徳を求むるが如き唱へごとは、正しき言靈を完うする筈はなく、かへつて不善不幸の音波となつて反對の結果を招くであらう』と。

 小寺氏は、言靈は言語に存在し得ないエネルギーが有されてゐることを認めた上で、『言靈の精神を究めて言葉を正し、社會の秩序を正しく立て、日常生活を活かし、民族精神の眞の力を發揮する』ことが肝要だと説く。

 野生が昨日の祭典にもあつた、大東神社でおこなはれる念誦にいつも魂の搖さぶられる思ひをするのも、決して理由なきことではないのである。



 ところで。主に進歩的文化人の口癖にみられる、言葉は變化する運命であるからそれに從ふ、と云はんばかり言語文化の混血推進論や廃頽促進論に對して小寺氏は斧鉞を加へてゐる。
 曰く、『言葉は複雜なよりも寧ろ簡單にして用を辯ずればよいのであるが、然し社會自然の秩序も其の人々の品性によつて保たれ、又思想上の善惡にも關してくるので、約音もこれを亂用しては勿論いけない
 又た曰く、『近代の多くは種々の外國語など修めてゐる者も多いが、一番肝腎な自分の國の言葉を等閑に附して居る。今此所に擧げた言葉は古事記に明らかに記されてあるが、之を明瞭に讀み得ず解け得ぬものも少くないであらう』と。

●昭和十三年、皇道宣布會、内山智照氏『皇道概論』に曰く、
『世界文化發達の根本要素は言語及文字だと云へば何人も承認するであらう。又言語は心の表現であることも知つてゐるが、言葉は神なりと云へば必ず疑心暗鬼を生ずるので、言葉の必要は認めても其の價値を認めようとはせないのが現代人の通弊である。 (中略) 言靈學は神界を實在と觀て、神の本能たる命(ミコト)の發展過程を一定不變の生命原則と斷定し、それを精神界に局限して言語の構成法を現代の物質科學の論證と同樣に合理化されたものであつて、言語學の如く言葉を符喋とし文字を符號として研究されたものではない。 (中略) 現代日本人の言葉は半ば以上外國化されて全く其の語法は混濁されてゐる。と申しても決してそれが惡いと云ふのではない。時代の進歩や國際關係等によつて種々に變化するの必要があることは私も知つてゐるが、それだからと云つて此の如き和洋折衷の言葉を以て萬國無比の國體認識上の資料としては、恰も西洋料理の味と日本料理の味とを混同して味はふやうなものであらうと思ふ眞に日本の國體を認識し、又他に認識せしむるには大和言葉の語原に遡及するの必要があることは以上の所論で充分に承認されねばならぬ』と。


 因みに、言靈に關する先人の研究はまことに膨大で、古書文獻からも明らかである。
 契冲、賀茂眞淵、本居宣長、春庭、大平、平田篤胤、大國隆正の諸先生は有名であるが、總じて我が道統の先人、國學者は言靈の持つ力を信じて、その研究にも努めてこられた。
 敬稱を略して下記したい。興味のある御仁は拜讀せられむことを。
 松永貞徳「和句解」。貝原益軒「日本釋名」。新井白石「東雅」。多田義俊「伊呂波訓義抄」「伊呂波聲母傳」「母子音配傳」「本語口傳」。村田春海「五十語辯語」「假名大意抄」。鈴木朖「雅語音聲考 希雅」。林國雄「皇國之言靈」。黒澤翁滿「言靈指南」。中村孝道「言靈或問」。松村春雄「神語考」。楫取魚彦「古言梯」。岩政信比古「本末謌解」。高橋殘夢「言靈名義考」「靈の宿」、きりがないので、このへんにしたい・・・。
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by sousiu | 2011-10-02 22:22 | その他

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