平澤次郎翁の口癖に曰く、「酒でも呑まねばやつてられネエ」と。 

 昨日は日中から平塚市内で行はれた故人の納骨の儀に參じ、その後の「偲ぶ會」にも參加。
 終はり一旦、着替へて深夜まで、阿形先生の事務所で御教示を乞うた。先生は垂示される傍はら、とある祭事の自作DVDを二百枚も複製して下さつた。
 深夜と云うても、歸宅して少し待てばもう夜明けだ。阿形先生には遲くまで、本當に感謝してもし盡せないのである。
 

 ところで。「左翼にだつて、貴方達とは質も形も違ふかも知れないが、愛國心がある」といふ話しを聞いたことがある。
 それはさうかも識れない。如何なる理想にせよ、思想を以て社會を改造せんとするの志は、それ丈で、大まかに分類すればそれは既に愛國心なのかも識れない。屈折してゐるか、否か。未熟か成熟か、などの別は扠措くにせよ、だ。・・・實際、極左の機關紙に於てすら、「愛國」の文字も皆無ではないし、吾人は文科省の云ふ「愛國的教育の導入」に大いなる不滿と疑問を抱いてゐることからも、その語に拘はる理由を探せない・・・。
 野生はそれら玉石混交、雜多混在する愛國心の、一體誰れのどれが正しいかなどといふ不毛な研究や議論をする積もりは毛頭も是れ無い。尤も呉越同舟の如き「左翼にも愛國心があるをみた」なぞと與するに於てをや。
 抑もそのやうな議論はとつくに出盡してゐる。加之、結論だつて出てゐる。然もそれ、こゝ數年のことを云ふに非ず。近年で最も明瞭に判の下されたのは、王政復古の大號令である。
 野生は、「愛國心」の有無、是非を論じること欲せず。「尊皇心」の有無是非こそ、今日に議論されて然る可きだと考へる。こと政治家一人々々の點檢こそ最重要である。從つて不肖河原、たとへ世捨て人と雖も、『民主黨に愛國心があるやいなや』などといふ議論する時間があるならば、銀杏の皮を向いてゐるはうが餘程充實するといふものだ。

 斯くすれば、兎角、民主黨に「尊皇心」があるとは觀ぜられない。個人々々では居るかも分からないが野生は知らない。さうしたことに通曉される同志があつたらば、是非、御教示下さることを。
 固よりかの黨は以前から口ばつかり達者で尊皇の念、薄弱にして。であるからこそ鈴木田選手の血判状送付、國信君の斷指勸告ほか全國にある勤王一團の猛攻を一身に浴びてゐる所以であるが、この頃は、正に開き直つてゐるかのやうである。
 日本が 皇國であるといふ自覺無き者どもの執り行ふ政治は、景氣對策、エネルギー政策、外交成績等、たとひ如何なる功成さむとするも、それは精々數年間の効果、甚しくは一時的に過ぎない功利であつて、凡ては砂の上に樓閣を築いた功と均しくあると看取す可し矣。

 佛道に身を置く西行法師をして、

   なにごとの おはしますかは 知らねども
     かたじけなさに 涙こぼるゝ

 と詠ましめたほどの、神國日本の偉大を知ることが刻下、政官財民なべて肝要急務の大事なのである。

 民主黨連中による、穢らはしき言動を一々、日乘で書く氣は、さらゝゝ起こらない。そのやうなものはサンケイ新聞に一任する。
 よつて今日は蘇峰 徳富猪一郎翁の言を抄録し、野生の鬱憤を少しでも晴らさむことゝする。酒よりは身體に良いだらう・・・。


●大正十四年二月十一日「民友社」發行『國民小訓』に曰く、
日本帝國は決して其の國民に利益を分配する株式會社でもなく、又た國民は、株式會社の社員でもない。實に我が日本帝國は、世界唯一の國體を持つ、世界唯一の國である。而して其の國體の中樞は、我が萬世一系の 皇室である。故に我が國民の愛國心の根本原理は、之を 皇室中心主義に繋ぐを以て、適當の解釋と爲す。故に吾人の愛國心は、一夜作りの愛國心ではない。祖先以來幾千年の光榮ある歴史を有する愛國心である。此の愛國心は、時代の進歩と與に、其の形式を變じ、又た其の作用を變ずるも、其の根本原理に至りては、終古一定、決して搖く可きものでなく、又た動かす可きものではない』と。

●昭和三年五月廿五日「民友社」發行『中庸の道』に曰く、
『世界には、民族ありて國家なき。猶太人の如きがある。彼等は二千年來、世界の漂泊者として、他の廡下に立ち、籬邊に倚りてゐる。之を思へば、三千年來 皇室を家長とし、其下に統一せられ、融合せられ、一大家族的國家を構成し、發育し、扶植し、擴張し來りたる吾人は、世界に於ける第一の仕合者と云はねばならぬ。其の報謝感恩の心を稱して、忠君愛國心とは云ふ。
 何れも君主國でも、此心はある可き筈だ。されど或國に於ては、國君を他から招聘し來た。或國に於ては、國君が他から乘り込んで來た。其の方法は相談づくにて君臣となり、或は暴力づくにて君臣となり、若くは其他の手段にて、君臣となりたる例が多くある。然も未だ我國の如く、皇室を中心として、我等臣民それを圍繞し、家族的に國家を構成したる者は、現在の世界には、未だ一個半個だに見出さない。されば我等の忠君愛國心は、世界自餘の君主國民の心掛同樣である可きものではない』と。

●昭和四年九月廿五日「民友社」發行『日本帝國の一大轉機』に曰く、
窮極の問題は、國家の爲めに個人存在する乎、個人の爲めに國家存在する乎、にある。他の諸國はいざ知らず、我が大日本帝國としては、吾人は大日本帝國の爲めに存在するものである。此れが我が大日本帝國の信念の第一であらねばならぬ。而して我が 皇室は、實に我が大日本帝國と不可分の元首にて在す。されば吾人臣民は、皇室に向て、忠を盡す可く生存してゐるものである。言ひ換ふれば、國家に奉仕するは、皇室に奉仕する所以、皇室に奉仕するは、國家に奉仕する所以。 ~中略~
 吾人は國家を以て、高尚なる一個の倫理的團體と信ず。吾人は國家を以て、人類の發達、進歩、安寧、幸福に必須なる有機體と信ず。而して個人は則ち其の細胞にして、其の共同作用もて、此の有機體を支持す可きものと信ず。吾人は政治の倫理化を説く必要を認めない。何となれば、國家は本來の倫理的有機體にして、政治の要は、其の倫理的使命に奉仕す可きものであることを信ずるが故に』と。

●昭和十四年二月十一日「東京日日新聞社」發行『昭和國民讀本』に曰く、
『惟ふに我國には 皇室なる一大求心力ありて、一切の人も物も悉く皆な之に向つて吸集せしめた。熊襲も、隼人も、蝦夷も、凡そ我が國内にある民族は、悉く皆な一視同仁、皇室の忠良なる臣民と化し來つた。されば若しこの大なる求心力なくば、到底日本の統一は、不可能であつたと云はねばならぬ。それは決して 皇室の武威、武力に是れ由るものではない。其の威力の奧に、更らに至仁、至愛、廣大無邊の皇徳の恩被に是れ頼るものである。~中略~
 我等は日本國が其の人種の錯綜によりて、其の地形の延長によりて、其の統一の困難なるを思ふ毎に、彌々我が 皇恩の至大、至高なるを感戴せねばならぬ。乃ち我等が日夜惓々として、皇室に奉仕するは、祖先以來享受し來れる皇恩の萬分の一だにも奉報せんとするの丹心に外ならない』と。

●昭和十五年二月十一日「日本電報通信社」發行『滿洲建國讀本』に曰く、
『肇國の古に於て、天孫民族は之に歸順せる民族を愛撫扶育し、決して之を虐遇討滅などのことを爲さなかつた。總てを 天皇の大御寶として包容し、愛育して來たのである。此の事實は二千六百年の永きに亙つて、連綿として行はれて居り。我國に歸化せる總ての外來民族は、この精神に同化して、大和民族に歸一し、團結し、同じ民族意識の中に、溶け込んでしまつたのである。之れ偏へに萬世一系の 皇室を戴く、我が國體の尊嚴の然らしむるところであり、八紘一宇の皇道精神に、光被された結果である ~中略~
 我が日本帝國は、三千年來、金甌無缺の獨立國として、儼存して居る。これは我が 皇室の賜だ。而して 皇室を奉戴したる、忠良なる吾人祖先の賜だ。我等は我が皇恩、祖徳に酬ゆることに於て、決して尋常一樣の心持を以て足れりとすべきではない。特別の恩徳に酬ゆるためには、特別の奉仕を必要とする』と。

●昭和十六年十二月十五日「東京日日新聞社」發行『日本を知れ』に曰く、
『私は我國の歴史を常に研究してをりますが、政治が 天皇を中心として動く時には、我國運は常に隆盛であります。政治が 天皇陛下から離れて、他の方に移つて行けば、常に國家は亂脈になるのであります。御承知の通り、神武天皇の御時より、例へば 崇神天皇の御代、或は 景行天皇の御代、或は 應神天皇の御代、仁徳天皇の御代、天智天皇の御代、桓武天皇の御代、醍醐天皇の御代、それらの歴代の列聖の中で、最も我が 皇國の歴史の光り輝いた時代には、何れも政治上の力が 天皇を中心として動いてゐる。即ち萬機親裁の御代に於いて、始めて日本が光りあるところの歴史を創り出してゐるのであります』と。

●昭和十九年二月十一日「毎日新聞社」發行『必勝國民讀本』に曰く、
日本は 天皇のしろしめす國土なれば、之を 皇國と稱するは當然であり、人民は 天皇の臣民として、祖先以來繼續し來りたるものであれば皇民と稱するは當然である。同時に 天皇は現身神に在はし、現身神のしろしめす國であれば 神國と云ふべく、又た 神國に居住する我等は神民と稱するも、決して不遜ではあるまい。~中略~
 我等に大切なるはただ此の 皇國と皇民との自覺である。日本國の前途はたゞ此の 皇國、皇民の自覺如何に依つて之を卜することが出來る。苟くも我が皇民にして、極天皇基を護るといふ三千年來の臣道を遵奉實踐するに於ては、平和の時も戰爭の時も、安樂の時も、艱難の時も、如何なる場合に於ても日本國の運命は萬々歳である。即ち今日の難關を突破するに於て何かあらんやである』と。
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by sousiu | 2011-11-21 23:52 | 日々所感

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