くわいちやう雜記 苦笑。 

二月四日、土曜日は、某所で打ち合はせがあつたものゝ、急遽、中止との報せあり。
 結局、一日中ゴロヽヽしてゐた。睡眠報國だ。睡眠報國とは、何ぞや、と思はれる御仁もあるかもわからないので、説明しよう。
 それ則はち、(文章)報國の爲めに休息することだ。これは決して、機關紙が進まないのでフテ寢したのと違ふ。鋭意健筆の前に休息したものだ。謂はゞ、戰鬪的な睡眠であり、然るに間接的な報國だ。だから、野生に向かつて、「宜い大人が一日中、ゴロヽヽと」と馬鹿にしないことだ。

二月五日、日曜日は、所用の爲め、福富町へ。その後は、鎌倉まで演奏會鑑賞。我が次女の發表會だ。音樂を學んでゐる次女の、最後の發表會。しばらく會つてゐない愚妻は、高熱で床に伏してゐるとのこと。よつてひとりで鑑賞して來た。野生の河原家所拂ひもそろゝゝ解除されるかもわからない。反省と改心の情、色薄きまゝ、と云はんよりは、全く無きまゝ。

二月六日、今日。愛倭塾、山口會長の御誘ひで、出雲大社相模分祠へ。
 厄はらひと、祖靈祭を行なふ。今日は相原修命の月命日だ。神主から、彼れの話しが出た。夢に出たといふ。
 彼れは神社に御奉仕し、國學を學び、哥も詠んだ。今更らながら、彼れは同い年と雖も、野生よりずつと先を歩いてゐたことが識れる。
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↑↑↑出雲大社相模分祠。平成廿三年一月、山口秀明さん撮影。

 相原修氏の詠みし哥
 ひたすらに すめらみことの いやさかを 祈り祈りて 我はゆかなむ

 歸りには、山口會長に御馳走となつた。二人會だ。何から何まで、今日は山口會長にお世話になつた。
 山口さんはよい人だ。このタイミングでこの臺詞を云つては、いかにも、といふ感じだが。
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by sousiu | 2012-02-06 19:11 | 報告

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