現代日本人に缺けるは、皇國の確信也矣。 

 昨夜は、靖國會・沼山光洋事務局長と、大行社・木川智兄とで、會食をしながら某神職の御高話を拜聽。すなはち四人會だ。
 この御方の御話しは、頭に沁み入るのではなく、心に沁み込む。よつて、背筋の伸びる心地がする。
 どこまでも廣がる時局論議ではなく、終始、皇國の眞相に就て、君臣の分に就てであつた。學校ではかういふ話しは聽かれない。テレビに於ても。「ゴーマニズム宣言」に於ても。
 説明もまことに御上手だ。先日、とあるお笑ひ藝人が、ある映畫の話題に觸れ、「放映時間が長いのにも係はらず、何を傳へたかつたのか不鮮明であるのは監督の未熟が爲めである」といふ旨、どこかのテレビだか何だかで話してゐたことを聽いたが、某神職の場合はその反對だ。御説明は、極めて鮮明で分かり易く、時間を感じさせない。勿論、説得力もある。だがそれ、啻にこれまでの苦學勉勵された知識の賜物だけではないと拜察する。その説得力とは、見識に倍して猶ほ餘りある、皇國に對する信念の裏付けではないだらうか。


●日本大學皇道學院々長、神宮奉齋會々長、今泉定助氏『講演通信 第四百十四號「皇道と王道と霸道」』(昭和十四年一月廿五日「日本講演通信社」發行)に曰く、
『天皇の御本質を本當にお話ししなければ皇道といふことは出て參りませぬけれども、大體、皇道と王道とを比較して見ますれば、大體は王道は人間の道であります。皇道は其の上の神の道であります。
 それは何故か。支那でもやはり皇道を狙つたのでありますけれども、皇道迄にはどうも支那では來られないのであります。人間が拵へたものでは皇道には登れない。支那でも皇道を狙つて居るのであります。それですから御承知の通り、皇帝を天子といふ、天の子だといふ、或は天子は民の父母だといふ、天の子であるから天に代つて天の心持を國民に行ふのである。それから又、民の父母であるから民意を行ふのである。斯う王道では言つて居るのであります。天に代つて天の心持を實行する、民の民意の綜合したところを實行して行くのが天子である。斯う言ふのであります。
 どうしてさういふことを言ふかと申しますれば簡單に申上げますと、自分は天の子であると言つて異民族を纏めようとするのであります。支那では御承知の通り、南蠻とか、北狄とか、夷とか、東西南北悉く異民族であるから、その異民族を統一するのには、天の力を借りなければ出來ない、そこで天子といふ。けれどもそれは嘘です、天の子ぢやない、實質を有たない、それであるから民の父母といふことも嘘である、民の父母でも何でもない。只、異民族を綜合する便宜の爲めに天の子である、民の父母であるといふ。そこで天の意を行ふ、民の綜合した心持を行ふのであるからこれは有徳の人でなければ出來ない。大いなる徳望を持つた人でなければ出來ない、そこで王道の標準は徳であります。これは支那の古い物には皆さう書いてあります』

『支那には皇と帝と王といふ三稱がありまして、「皇」は「大也天也」といひ、又「帝より大なるを云ふ」と解したるもあり、蔡邕獨斷といふ書には「皇帝は至尊の稱なり、上古天子庖犧氏神農氏皇と稱し、堯舜帝と稱す、夏殷周王と稱す、秦竝に以て號と爲し、漢これに因つて改めず」とあります。
 又、「帝」は説文に「天下の王たるの稱なり」といひ、白虎通に「徳天に合するものを帝と稱す」といひ、管子兵法篇には「道に察するものは帝、徳に通ずるものは王」などと言つ居ります。それから「王」は「大也君也」と解し、「無偏無黨王道蕩々」などと言ひ、或は「天地人の三才を一貫したるを王と云ふ」と申して居ります。
 斯樣に色々申して居りますけれども、以上三者は支那に於きましては同一性質の語でありまして、皇、帝、王を三級の等差あるものとして、「皇」とは生れながらに君主たるもの、「帝」は徳を以て君主たるもの、「王」は道を以て君主たるものを云ふものだとして、この三者は區別があるのだといふ説がありますけれども、必ずしもそんな區別はないのであります。但し皇と帝とは、王の徳を大にしたるもの、即ち嘆美の意を含めたものであることは云ふまでもありません』

『結局、王とは天と民との間に立つて、天に代つて天意を行ひ、民に代つて民心を行ふものを云ふのであります。伏羲が王であり、神農が王であり、黄帝が王であり、堯舜禹湯文武が王であり、さうして桀紂が王でないと言はれるのは、實にかくの如き意義に外ならないのであります。王はかくの如く、天地と其の化育を共にし、徳を以て下民を潤し惠むべきものであるのに、時として霸者、即ち力を以て國に王たるものが現れ、暴政を以て下民を壓制したり、無辜の民を虐殺したりする場合には、易姓革命を行はねばならぬものとしまして、王道に於きましては易姓革命を認めるのであります。印度にも輪轉王と云ふ道を生命とする王の理想があります。釋迦も「王法政論經」と云ふ書に、種姓尊高と言つて、先天的血統が王の第一の徳であると説いて居りますが、徳と血統の一致は、遂に理想に過ぎませんでした』


『然るに我が國家の成立はどうか。
 支那の王の如く天命を受けて天を祭り、天子と稱するが如き漠然たるものではなくて、天照大御神より皇統連綿として今日に至る 天皇にましますのであります。所謂先天的天皇國であります。
 而して天照大御神は、天地創造の天御中主神の神徳も、國土經營の伊弉諾、伊弉冉二神の神徳も綜合統一遊ばされて、唯一絶對の神にましますことは、今更云ふまでもありません。我が國に於ても、古來支那に倣つて、 天皇のことを天子と申して居りますが、それは全くその意味を異にして、天神の御子、即ち皇祖の御子孫といふ意味でありまして、天の子と云ふ義ではないのであります

我が國に於ては 天皇を以て國の體となすのであります。 天皇は即ち國の主體であります。それだから 天皇を除けば國もなく體もない、 天皇即國體、國體即 天皇であります。猶ほ詳しく言ひますれば、皇家の延長が國となり、國の縮刷が家となるのでありまして、斯樣に國と家とが不二一體でありますから、宗國一致と言ひ、家と國とが同じであるから、忠孝一本と説くのであります

皇道と王道とは斯樣に霄壤の差があるのであります。王道の一番大切なことは、天命を受けるといふことであり、天命を受けることによつて王道が成立ち、天命を受けなかつたならば王道は成立たないのであります。從つて天命の革ること、即ち革命が王道には附物であります。
 然るに日本國は天御中主神から伊弉諾、伊弉冉の二神が命令を御受けになり、その伊弉諾、伊弉冉の二神の御子樣が天照大神で、その御子樣が歴代の 天皇であらせられるのでありますから、天命を受けたと云ふのではないのであります。ずつと一本の系統で來て居ります。所謂皇統連綿であります。約言すれば、皇道は先天的であり、王道は後天的であります。釋迦が「王法政論經」に於て説いた理想は、たゞ我が皇道によつて實現せられたのであります。

 又、王道では君主と臣下と對立的であります。君主の方からは臣下に向つて忠義を要求する、臣下の方からは君主に對して、我々に仁愛なれ、我々に幸福を與へよと要求します。日本を除いた總ての國家がさうであります。日本獨りさうではない。 天皇からは國民は「大御寶」であります。「農は天下の大本なり」として、何時も民本主義を以て愛撫せられ、國民からは又、君本主義を主張して、大宗家として奉仕し來つたことは昔も今も變ることはないのであります。皇道では君主と臣下とが對立するものでなく、不二一體であり、絶對のものなのであります』と。



・・・・引用抄録が長いのにも係はらず、何を傳へたかつたのか不鮮明であるのは、畢竟、河原の未熟が爲めでアルヨ。野生の未熟をご叱責くださる方は↓↓に。
douketusha@ever.ocn.ne.jp
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by sousiu | 2012-02-10 17:08 | 日々所感

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