奇縁。

 一昨日の十八日。奇廼舎の御主人である山口瀛丸兄と木川智兄とで三人會。
 瀛丸兄は神仙道に生きてをられる人だ。
 木川兄と共に益々思想的にも研鑽を深めんと、都内某所に伺つた。
 敬神なき尊皇に就て、當日乘で觸れたことがある。尊皇なき愛國に就ての危險性を最早、語るまでもないが、敬神なき尊皇も結局、大同小異だ。不覺ながら、野生もその類ひであるかも知れない。時折、草稿しながら自分の文章に力がないと感じる時があるのだが、きつと、そこに原因があるのだ。

 これらのことがらを理會する爲めには、書齋的空論を幾ら重ねても覺束ない。うまく云へないが、感性、靈性を高めるには、あまり理窟に捉はれてはならないのではないかと思ふ。理論や哲學を輕視するものではないが、そのやうなものに頼り過ぎるのも、どうかと思ふ。近代の混沌も、このあたりに起因するのではなからうか。

 今は、何もわからない。以前、備中處士樣からも、靈的なものは輕々しく發言せぬやう、釘を刺されたことがある。感性や靈性を高め、或いは深め、ひたすら自身の志を研磨せるあるのみ。三人を識る、相原修命も此度びの三人會を喜んでくれてゐるに違ひない。
 何れせよ、これからだ。
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 追記。瀛丸兄より、「暘廼舎」(あけのや)てふ屋號を賜はつた。
 「暘」の意味は、「日の出」の意味で、「太陽がのぼると考へられた東の果ての場所」といふものだ。
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by sousiu | 2012-02-20 23:53 | 報告

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