腰痛の日曜日。

 十九日、日曜日は、不覺にも腰痛甚しく、引き籠る。以前、日乘にも記したが、渡邊文樹氏と、木川兄・河原兩選手が鼎談したDVDと、次いで大阪で日本實踐奉仕團の志賀智仁兄が對談したDVDが屆いたので、複製して關係者に發送する。
 改めて觀ると、野生の至らぬ發言もあつて、恥かしい限りだ。啓蒙とは、實に六ケ敷い。
 野生を識る人は氣付いてゐるかもわからないが、野生は日頃、どうやら注意力が足りないやうだ。自分ではさう思つてゐないのだが、生半可な返事をしてゐることを、古くからの知人に指摘されることが少くない。思ひ返せば、小學校の通信簿で先生が氣付いたところを書く欄に(名稱は失念したが)、何度か注意力が缺けてゐる、と小言を書かれてゐる。實話だ。
 であるから、かういつた對談では殊更ら集中せねばならないのであるが、挑撥にも乘らず、諭すことを目的とすると、どうしても囘りくどくなつてしまふ。
 皇國に於て、尊皇の人は、教師たる可き心掛けを以て啓蒙に當るべきだと思ふのであるが、野生はまだゝゞだ。
 木川選手も志賀選手も物怖ぢせず、實に堂々たるものだ。
 渡邊氏も、繰り返すが聞く耳を持たないでもない。
 東京で、我れらが少し駒を進め、その不足部分を志賀選手が補つてくれ又た更らに駒を進めてくれた。
 渡邊氏が今、何處を廻つてゐるのか分からぬが、四十七都道府縣を巡り終へるころには、氏は、すつかり考へ方を變へてゐるかも識れない。これこそ、有志による組織的大同團結ではなく、志による大同團結だ。若しそれが成せれば、我が陣營も中々のモンだ。
 野生は、直接渡邊氏に會つたにもかゝはらず、迂闊にも本人に云ひ逸れたことを、日乘といふ本人不在の空間であれこれ云ふほど卑怯者ではない。渡邊氏の信ずるものと、チーム木川河原志賀の信ずるものを御互ひにぶつけ合ひ、その判斷は第三者が自身で決めることなのであるのだから。それが爲めの公開對談だ。渡邊氏に軍配が上るのならば、それは木川兄や志賀兄や河原の未だ至らざることを認めなければならない。だが若し、さうだとしても、彼れらも野生も、いつまでも非力なまゝでは終はらない。若し御興味のある方がをられるのであれば、提供してくれた南南プロダクシヨンから複製、提供の許可を得たので、乞、御一報。
※「今日は大行社な気分」か「紅葉屋主人の日々實踐」でも一報投ずれば、複製してくれると存じます。
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by sousiu | 2012-02-21 01:12 | 報告

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